次のページ
〈一度会いませんか?〉僕はありったけの勇気を振り絞ってメッセージを送りました。
〈はい、ぜひ、お会いしたいです〉
恵奈はすぐに返信してくれました。これまでの人生で一番嬉しかった瞬間でした。
デートの前日、初めて美容院で切りました。予約した美容院に入る時は足が震えました。カットしてくれたのは、学生時代なら関わりが一切なかっただろうな、と思えるほどチャラチャラした男でした。そんな、男が僕に敬語で話しかけてくれて、少し気分が良かったです。
服は女子が彼氏に来て欲しいブランドと調べて出てきた服屋に行き、学生時代に会っていたなら、目も合わせてくれなかったであろう女性店員に言われるがまま買いました。似合っています、と言ってくれていました。今、思い返せば嘘だったに違いありません。
待ち合わせ場所はM駅にある噴水の前でした。カップルの待ち合わせと言えば、僕にとってはそこしか思いつかなかったのです。
恵奈は写真で見るよりもずっと可愛かったです。よく、ああいうアプリをしている
女は写真を加工していると言われていますが、彼女は本当に写真のとおりでした。
「初めまして、松川恵奈です」彼女は笑顔で言いました。僕は、声を裏返しながら、
「初めまして、池井修です」
恵奈は少し笑っていました。僕もつられて笑いました。七夕の一週間前でした。
そこから僕らは、ランチを食べに行きました。ネットで調べた、三千円のコース料理でした。僕はそこで初めてカルパッチョを食べました。生魚が苦手だったので、水で流し込みました。恵奈は、「美味しいですね」と言ってくれました。
僕の心は踊っていました。楽しくて仕方なかったです。また会いたい。すぐ会いたい。でも、がっつきすぎたら嫌われてしまう。そう思いました。はい、経験に基づいたものではありません。巷に溢れているラブソングから学んだことです。でも、間違ってはいないと思います。
代金は僕が払いました。出しかけた財布を手に持ちながら、「ありがとうございます。ごちそうさまでした」と頭を下げる彼女を見て、僕は、いけるかも、と思いました。単純でしょうか? でも、僕にとって、初めての女性と二人きりの食事であり、ごちそうをしたという経験だったのです。当然と言えば、当然だと思います。もしかしたら、誰かに感謝されたという経験自体初めてだったのかもしれません。だから、普通の人にとって、当たり前の行動や言葉でも、特別なことだと受け止めてしまったのかもしれません。
ランチを食べ終えた後、僕は喫茶店に行っておしゃべりをしようと考えていました。そして、そこで七夕にデートに誘おうと考えていました。その喫茶店も、ネットで調べた洒落た喫茶店です。女子が行きたい喫茶店ランキングで四位に入っていた店です。何で、一位のところへ連れて行かなかったのかって? 一位に連れて行ったら露骨かなって思ったんです。ああ、こいつネットで調べたなってバレバレかなって。でも、ランクが下の店を選んで、ハズレだったら嫌なんで、四位がちょうどいいかなって思ったんです。
でも、恵奈は、「すみません、実は今日、午後から職場に顔を出さなければいけなくなってしまったんです。本当にごめんなさい」と言いました。
本当にショックでした。もっと一緒にいたかったのに。でも、ここでしつこくしたら嫌われるな、と思い、僕は泣く泣く、
「わかりました。お仕事頑張ってください。また連絡します」
作り笑いを浮かべて僕は言いました。恵奈は笑みを浮かべて会釈して、背を向け、小走りで立ち去りました。僕は、その後を追いました。まだ、離れたくなかったからです。もう少し、彼女のそばにいたかったんです。それがどんな形であろうとも。
尾行したのはそれが初めてでした。運が良かったのか上手く行きました。だから、僕は、恵奈の自宅を知ることが出来ました。その時は、あんな事件を起こす気などまったくありませんでしたし、想像もしていませんでした。
恵奈の家は一軒家でした。おそらく実家だろうな、と思いましたし、実際そうでした。
いつか、この家に招待されて、両親に挨拶をする日が来るといいな。僕は、そんな妄想をして、ニヤニヤしていました。実際、家には入ることは出来たのですがね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます