第36話 ニート、観光協会に呼び出される
「その書類の山を片付ける頃には夜だろ」
目の下のクマが酷くなっているカイジは、呆れたように俺の目の前にある書類の山を睨む。
「良いんだよ。栄養ドリンク呑めば寝なくても動ける体なんだから」
「お前、そんなに働いたら死ぬぞ」
忙しさがなんだ。そんなもの女神の加護フル活用で克服してやる。今こそ長年働いてなかった分、働くときだ!
そして、俺はなんとか全ての書類を捌き切った。
「よし、ちょっと採掘行ってくる!」
ツルハシと麻袋を持ち、鉱山へと出かける。最近はこうして書類仕事の後に採掘に行くのが日課となっている。それほどにカイジ達開発部門で使用する材料が足りないのだ。
「お、お邪魔しまーす。忙しいとこ、ごめん。ネイト、観光協会の会合に顔出してくれる」
そんなドタバタの中、申し訳なさそうな表情でユイさんが俺を呼びにわざわざ女神牧場までやってきた。
「今すぐ?」
「うん、今すぐ。雑誌の取材があるんだって」
「……はぁ、わかったよ」
ダメだ。女神の加護があっても体の数が足りなすぎる。というか、観光協会の人達はなんでそんな大事な予定を事前に共有してくれないのだ。
「ああ、くそ! 人手も足りなければ予算も足りない! ブラック企業の社長ってこんな気持ちだったのか」
ちくしょう。パソコンとモニターがあればオンライン会議とか出来るのに……いや、そもそもインターネット自体この世界に存在しないんだけども。
ああ、リモートワークしてぇよ……。
「ねえ、ネイト。あんた大丈夫なの? 顔色ヤバイことになってるけど」
「大丈夫、大丈夫。こう見えて体は丈夫なんだ」
女神の加護があっても顔色が悪いのはまずいな。それに取材があるというのなら顔色くらいは整えておかなければいけない。
こんなときは栄養ドリンクに限る。
「げっ、それ飲んでるの?」
「味は酷いがコナーの調合した植物性の栄養が凝縮されているからな。市販の栄養ドリンクより効くぞ」
味は筆舌に尽くしがたいほどにクソだが、慣れればただのお薬である。
ロープウェイに乗っている間に栄養を補充し終えた俺は、観光協会がある集会所へと向かう。
「お疲れ様です。」
「おお、遅かったじゃないかネイト君」
「へ? 遅かったも何もさっきユイさんに呼ばれてきたんですけど」
「おかしいな。雑誌の取材があるから会合に顔を出してくれって連絡がいっているはずなんだが……」
ゴンさんは首を傾げるて周囲にいる観光協会のメンバーを見渡す。しかし、全員がとぼけた顔で首を振った。
「ちょっと、みんな! あたしが呼びにいかなかったら、そもそもネイトは取材のことも知らなかったってこと!? そーゆーいい加減なのよくないでしょ!」
あまりにも適当な観光協会の状態に、堪忍袋の緒が切れたユイさんが机を強く叩く。
「……すまんかったネイト君。迷惑をかけたな」
ゴンさんに釣られるように全員が頭を下げる。
「いえ、今後同じことがなければ大丈夫ですよ」
ひとまずは波風を立てないように、ここはゴンさんの顔を立てる。改めて思うが、ゴンさんは本当にやり手の商社マンだったのか甚だ疑問である。連絡や確認なんて一番大事なことだと思うのだが。……あまり考えたくはないが、俺が軽んじられているという可能性もある。
やはり結果でわからせるしかないか。
「それでネイト君。収穫祭の準備は順調なのかね?」
「予定よりは遅れていますが、カバーできる範囲なので問題ありません」
嘘をつくのも良くないと思い。予定よりも作業が遅れていることを正直に告げる。
すると、俺の言葉を聞いた周囲の人達は一斉に眉を顰めた。
「あらあら、本当に大丈夫なの?」
「ええ、スケジュール的には――」
「しっかりしてくれよ。この島の未来は君にかかってるんだ」
「ですから――」
「トップは君なんだ。もっとしっかりしなさい。そんなんじゃ従業員もついてこないよ」
具体的にどうして大丈夫か説明しようと思ったのだが、観光協会の人達は聞く耳を持ってくれない。ただただ一方的に何も知らずに上から物を言ってくる態度に思うところがないわけではない。
「アドバイスありがとうございます。勉強になりました」
だが、感情に任せて怒り散らしても何の得にもならない。この人達は敵ではないのだ。立場が味方である以上、不和を起こすのは避けなければいけない。
「さて、若者への助言はこの辺にしてそろそろ始めるとしますか」
何が助言だこの野郎。という言葉をぐっと飲みこんで、俺は酒をコップに次ぐ準備を始める。結局、この人達は会合という体裁で飲みたいだけなのだ。
「ちょっと! お酒は取材が終わってからでしょ!」
「おお、そうだった! いやー、すまんすまん」
時間の無駄とも思える会合という名の飲み会が始まりそうだったが、ユイさんが制止してくれたおかげでそれは免れた。
もしかして観光協会って、ユイさん以外まともな人がいないのでは……。
「ネイト、先に取材受けてきて。時間パツパツなんでしょ」
「……助かるよ」
ユイさんの気遣いもあって、俺は応接室で待っている記者の元へと向かった。
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