第37話 ニート、取材を受ける

「お待たせしてしまい申し訳ございません。女神牧場、代表取締役社長の岩井寧人と申します」

「頂戴いたします……って、そんな固くならなくても大丈夫ですよ。私は〝週間ファーム〟で記者を天道麗奈っていいます。気軽にレナって呼んでください。あっ、私も名刺出しますね」

「頂戴いたします」


 名刺を受け取った瞬間、いきなりフランクになった女性記者、天道麗奈さんはニッコリと笑って右手を差し出してきた。


「岩井寧人さん、お会いできて光栄です。今後ともよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 しっかりとレナさんと握手を交わす。何となくだが、今度この人とは深い付き合いになる気がした。


「いやー、ユイに頼んで正解だったなー」

「ユイさんと知り合いなんですか?」

「いとこなの。結構似てるでしょー」

「……ええ、とっても」


 距離の詰め方とか、おしゃれなオーラが出ているところがそっくりである。


「それで、今回はどうしてこの島の観光協会に取材を?」

「観光協会っていうかー、ネイトさんに興味があったんだよねー」


 仕事モードから一転、レナさんは一気に緩い空気を醸し出して話し始める。


「無人島で始めた農業が成功。そこから今や酪農会に名を轟かせる牧場主。一年も経たずにここまで急成長する人はなかなかいないからねー。絶対女神様の加護を受けた人だと思ったの」

「やっぱり女神の加護を受けた人って珍しいんですか?」

「あんまり表立って有名な人はいないんだよねー。今のところ女神の加護を受けたって明確にわかってるのは聖母マザーダリアくらいかなー?」


 マザーダリア。まさかエリシャ以外からその名前を聞くとは思わなかった。

 どうやら彼女はこの世界では結構な有名人らしい。


「というわけで、観光協会への取材はゴンおじさんのご機嫌取り。本命はネイトさんの独占取材なんだよねー」


 やり手の商社マンだった割にはゴンさんの人望は著しく低い。あの人、もしかして取引先にはいい顔して、身内には嫌われるタイプなのか?


「ありがたい限りです。俺に答えられることならなんでも答えますよ」

「やったー! じゃあ、さっそくだけど質問に入るねー」


 花が咲くような笑顔を浮かべると、レナさんはボイスレコーダーを置いて緩んだ表情を引き締めた。


「どうして、この島で農家を始めたのでしょうか?」


 どうやら、さっきまでの緩い空気は俺の緊張を解くためのものだったようだ。再び仕事モードに戻ったレナさんは、俺が農業を始めたきっかけを聞いてきた。


「この島に漂流してすぐに、観光協会の代表である新垣さんに頼まれたからですね。かつて人が住んでいた気配はあれど無人島です。大工の管井さんや、新垣さんと違ってできることがなかった私にいただいた仕事だったため、最初はその場の空気に流されて、という感じで始めました」


 流されて始めたどころか、最初から農業に関してはコナー達妖精に全部任せっきりだったけど。


「あと、女神の奴……女神様にこの島の発展を頼まれたことも大きかったですね。女神を加護を受けたことで、私は疲労を感じなくなったり、病気にかからなくなりました。そのおかげで、今では寝ないで働き続けても大丈夫な体になりましたよ」

「やはり、女神様から島を任されるという責任感が大きかったのでしょうか?」


 本当にどうしてこんなに働いているのだろうかと疑問に思うほど、現在の俺は働かざるを得なくなった。まあ、今の状況もある意味、流され続けた結果というやつだろう。


「そうですね。この島を発展させることは私の使命だと思っております」

「なるほど、素晴らしい考えですね。私だったらとっくに放り出しています――だって、任された仕事に対して利益が釣り合っていませんから」

「っ、ええ、まあ、そう思う方は多い、でしょうね……」


 取材だからと、聞こえのいい言葉を並べていた俺はレナさんの指摘に言葉を詰まらせかけた。

 この人意外と油断できないタイプの人だ。


「どう、話進んでる?」


 応接室の扉が開いてユイさんが入ってくる。どうやら、心配で見にきてくれたようだ。

 ユイさんが入ってきたことで、張り詰めた空気が霧散する。あのままでは心臓に悪かったので、ありがたい限りである。


「あっ、ユイ! 順調に取材できてるよ。今日はありがとねー」

「いいよ、別に。私も見学させてもらうね」


 ユイさんは一瞬だけ心配そうな表情を浮かべると、壁に寄りかかった。


「それでは、引き続き取材させていただきます」


 それから今後の事業展開や、過去の苦労話など、一通り聞かれた。

 過去についてはやんわりと濁し、あまり女神牧場のイメージダウンに繋がる失言をしないように気を付けた。

 取材も終盤に差し掛かり、レナさんは「では、最後の質問です」と言って目力を強める。


「ずばり、あなたにとって女神牧場とは?」


 レナさんの表情から察するに、この質問くらい本音で答えて欲しいということだろう。今まで失言しないように気を付けていたが、これくらいの質問なら失言になることもない。


「尊敬できる仲間と共に過ごすための大切な居場所です」


 俺の言葉を聞いたレナさんは満足気に頷くと、最初に会ったときのようにニッコリと笑顔を浮かべた。


「とても素敵な場所なんですね。取材は以上になります。本日はお忙しいところをありがとうございました」

「こちらこそ、わざわざ遠いところまでご足労いただきありがとうございました。収穫祭当日も良かったらいらしてください。招待状をお送り致しますよ」

「あははー、絶対行きますよー」


 取材が終わったことで、元の緩い雰囲気に戻ったレナさんと再び固い握手を交わす。


「お疲れネイト。今日はありがと」


 無事に取材が終わってほっとしたしたのか、ユイさんは安堵の表情を浮かべている。

「そういえば、なんでなんもないところでくるくる手を回してたの?」

「あれはエアろくろって言って、成功する起業家がやる仕草の一つだ」


 日本にいた頃、ネットニュースでITベンチャーの社長がよくやってたから間違いない。


「ふむふむエアろくろ……これは流行るかも」


 無事に取材も終わったので、急いで女神牧場へと戻る。やらなければならない作業はまだまだたくさんあるのだ。

 事務所の電気はまだついており、中に入るとまだ全員が収穫祭の準備を続けていた。


「お前ら、何やってんだ。いい加減休まないと体がもたないぞ」

『あんたが言うな!』


 早く上がるように忠告すると、従業員全員から総スカンを食らってしまった。

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