第13話 ニート、シスターに言葉を教える
女神の泉から自宅に戻るとエリシャが床に雑巾がけをしていた。どうやら、本当に先日の宣言通りに掃除を頑張っているようだ。
「あ、ネイトさん。おかえりなさい!」
満面の笑みで俺を迎えてくれるエリシャ。そういえば、おかえりを言われたのはいつぶりだったろうか。
そんな感傷的な感情はいったん置いておいて、俺は強化した加護を試すために再び掃除へと戻ろうとしているエリシャを呼び止めた。
「エリシャ、この後時間はあるか?」
「ええ、ありますけど……」
「だったらちょっと付き合え。勉強の時間だ」
俺はエリシャを呼び、テーブルの上に紙を広げる。羽ペンとインクも予め雑貨屋で購入済みだ。鉛筆すらないのは非常に不便である。この世界の文房具はそこまで発展していないようだ。
ユイさんに聞いたところ、高校の時も羽ペンを使っていたらしい。
「あの、勉強って何をするんですか?」
「お前に言葉を教えようと思ってな」
俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべるエリシャ。どうやらそうとう信用されていないらしい。
「……どういう風の吹き回しですか?」
「いつまでも俺がついてないと挨拶回りできない、なんて面倒だと思ったんだよ」
それに女神の加護さえあれば言葉を教えるのは難しくないと思ったのだ。ある意味これは実験ともいえる。
「エリシャ、試しに何かしゃべって見てくれ」
俺は女神に言われた通り、太陽が雲に隠れるイメージを思い浮かべる。全身から温もりが失われていくような喪失感を覚えたが、そこまで不快というわけではない。何とも不思議な感覚だ。
「――、――――」
すると、不思議なことにさっきまで流暢な日本語を話していたエリシャが途端にネイティブな英語を話し出したのだ。
試しに俺もエリシャに加護なしの状態で話しかけてみる。
「エリシャ、俺の言っている言葉がわかるか?」
「――――!?」
やはり俺の言葉は通じなかったようで、エリシャは目を白黒させて混乱しいる。
今度は太陽光を浴びるイメージを思い浮かべる。さっきとは逆に今度は体が暖かい光に包まれるような感覚を覚えた。これが加護が戻ったという感覚なのだろう。
「エリシャ、今度はどうだ?」
「ど、どういうことなんですか?」
「女神の加護を付けたり消したりしたんだ。簡単に言えば翻訳機器の電源をオンにしたりオフにしたってことだ」
「翻訳機器? いえ、さすがは女神様のご加護、不思議な力ですね……」
女神がすごいかは置いておいて、確かに不思議な力ではある。使い勝手もいいし、もうあの女神はいらないから力だけ欲しいくらいに万能な力だ。
「じゃあ早速やっていくぞ。まずは挨拶からだ。おはようございます」
「オハヨゴザイマス」
加護をオフにして俺の言ったことばを真似させる。言葉を発するのと同時に俺が書いた文字も真似してもらう。
書き取りと発音練習を同時に行えば、覚えやすいと思ったのだ。
「それにしても……」
「コニチハ、ワタシ、エリシャ、イイマス」
何というか、エリシャの片言は日本語が達者な外国人タレントがわざと下手に話しているように聞こえてしまう。
「何、笑ってるんですか!」
そして、加護を戻すと急に流暢になるのがまた面白い。
「い、いや、別に笑ってなんか――ぷっ」
「笑ってるじゃないですか! 人がせっかく真剣にやっているというのに――」
何か長くなりそうだったから、今度は女神の加護を切ることにした。
「――! ――!」
「あーあー、加護がないから何言ってるか全然わからないなぁ!」
こうして俺達の勉強会が始まった。
日本語の文法にかなり苦戦していたエリシャだったが、数日経てば話し言葉をそのまま覚えるという形でなんとか、相手の言葉をニュアンスで理解できるくらいにはなった。
これで挨拶回りはなんとかできるだろう。
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