第12話 ニート、気まぐれを起こす

 エリシャとの挨拶回りから数日が経ったある日。

 俺はいつものように女神の泉を訪れていた。


「珍しいわね。あんたが雑草以外をくれるなんて。あと、できれば甘いフルーツが良かったんだけど」

「息をするように贅沢を言うな。この駄女神が」


 俺は収穫されたトマトを泉へと放り込んで女神を呼び出していた。雑草でも女神の力の回復量はそれなりにあるみたいだが、作物ならもっと回復が見込めると思ったのだ。


「それに、それは甘いトマトだぞ」

「またまたー。あの酸っぱいトマトが甘いわけ――あまっ!?」


 俺の言葉を信じずにトマトを齧った女神はその甘さに目を見開いた。トマトは酸っぱいという固定概念があるから余計に甘く感じるのかもしれないな。

 せっかくなので、名前を付けて売り出したいところだ。


「甘王様、アマト、うーん……」

「何、このトマトの名前? 女神トマトで良いんじゃない?」

「それだと何一つ甘さのアピールになってないだろうが」


 本当にこの駄女神は女神の力以外では役に経たない。まあ、女神の力が万能すぎるからその分のマイナスと考えれば納得できるものではあるが。


「それで、今日は何か特別なお願いがあってきたんじゃないの?」

「珍しく察しがいいな」

「あんたが何のリターンもなくこんなことをするタイプには見えないのよ」


 どうやら察しの悪い女神でも俺が頼み事があってお供え物のグレードを上げたことに気がついたようだ。本当はそんなことしなくてもいいのだが、女神パワーを消費するとなると島の作物に影響が出かねない。だからお供え物のグレードを上げたのだ。


「女神の加護を俺の意志でオンオフ切り替えたりできないか」

「出来るけど、加護をもうちょっと強くしなきゃいけないし疲れるのよね……」

「あっそ、じゃあお供え物を雑草に戻すわ」

「全力で加護をかけさせていただきます! はあぁぁぁぁぁ!」


 今日も駄女神式手のひら返しは通常運転である。女神の両手から放たれた神々しい光が俺の体を包み込む。どうやら加護の強化ができたようだ。


「これで好きに加護を付けたり消したりできるわ。加護を解くには太陽が雲に遮られるイメージを思い浮かべて、加護をまたつけるには太陽光を浴びるイメージを思い浮かべればいいわ」


 加護の強化を終えると、女神はいつものようにイラッとくる表情を浮かべて我儘を言い始めた。


「それにしても、トマトって何よ。あんた最近鉱山に潜ってるじゃない。農作物なんてケチくさいものじゃなくてダイヤモンドの一つや二つ渡しなさいよ。どうせしこたま貯め込んでるんでしょ?」

「誰がやるか! 天地がひっくり返っても捧げねぇよ」


 最近鉱山に潜って採掘したダイヤモンドは、頑張って手に入れた〝価値ある成果〟なのだ。何が悲しくてこんな駄女神に捧げなければいけないのか。


「というか、なんで知ってるんだよ」

「あたしは女神よ。森のクマに聞けば一発よ」


 女神だからというよりも、クマの報連相がしっかりしているだけ気がするのだが。


「それにしてもなんでこんなことを頼んだのよ」


 まったく誇れないことで得意気な顔をしていた女神は、怪訝な表情を浮かべて俺に加護強化の理由を聞いてきた。


「別に、ただの気分だ」


 本当のことを言うとからかわれそうなので、言葉を濁して立ち去ろうとしたが、今日の駄女神はやけに察しが良かった。


「ふーん……あ、わかった! あのエリシャって子のためでしょ! 絶対そうよ! 何何? 惚れちゃったの? ニートの分際で身の丈に合わない恋でもしちゃったの!?」

「雑草」

「調子に乗って申し訳ございませんでした!」


 土下座しながら泉の底へと沈んでいく女神を見送りながら、俺は自然と呟いていた。


「別にただの気まぐれだ……」

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