第11話 ニート、心が揺れる
一通り島の住民への挨拶回りを終えた後、俺とエリシャは帰路へと着いていた。
「はぁ……はぁ……ちょっと、待って、ください……」
「なんだよ、もう疲れたのか」
気がつくと後ろの方でエリシャが息を切らしながら俺の後をついてきていた。
「なんで、そんな、ペースで、歩けるんですか」
山の上にある家まではかなりの距離だ。これも俺が街に行きたくない理由の一つである。
ニートであるにも関わらず、俺が疲れていないのは偏に女神の加護の効果だろう。
「俺は疲れない体質なんだよ。もたもたしてると先行くぞ」
「少しくらい、待ってくれてもいいじゃないですか……」
仕方がないので、足を止めてエリシャの息が整うまで待つことにした。しばらくすると、落ち着いたのか、エリシャの顔色もだいぶ良くなってきた。
「そういえば、ネイトさんはどうして農場をやろうと思ったのですか?」
息が整ったと思えば、唐突にエリシャはそんなことを聞いてきた。
「農場がやりたかったわけじゃない。やるしかなかったんだよ。元より俺はゴンさん達みたいに新天地を求めて船に乗ってたわけじゃないからな」
「どういうことですか?」
これまでの経緯を異世界転移のところだけを省いて簡単に説明すると、エリシャは血相を変えて叫んだ。
「それって故郷じゃネイトさんさんは行方不明ってことじゃないですか! ご両親が心配していますよ!」
「普通なら農場なんてやってる場合じゃないんだろうけどな。俺はいいんだよ」
「いいわけなんてありません! 子供を心配しない親なんていませんよ!」
「どうだろうな」
正直、あの世界に帰りたいとは思わない。この世界は確かに不便ではあるが、同時に安心できる環境でもあった。
元の世界でニートといえば、社会のゴミ、無駄な存在として扱われる。
それを俺も受け入れていたし、そのまま何も為さずに死んでいくと思っていた。
だけど、先が見えないことに不安を覚えなかったわけじゃない。
同じ毎日を繰り返す中で「このままでいいのか」という自問自答は数え切れないほどした。
そんな中での異世界転移。この世界は文明が遅れているが、俺には女神の加護がある。
女神の生殺与奪件も握っている以上、先の見えない不安とは無縁なのだ。
だから、俺はこの世界で暮らしていくことを選んだのだ。
親が心配しているなんてありえない。やっかいな粗大ゴミが知らぬ間に回収されて悲しむ人はいない。むしろ、喜ぶことだろう。
「俺がいなくなっても悲しむ人間なんていない」
ただそれだけのことなのだ。
「私が悲しみます!」
さっきよりも一段と声を大にしてエリシャは叫んだ。
「ネイトさんは確かに酷い人です。言葉が通じるのに面倒くさいからって私を見捨てようとするし、女神様への感謝の気持ちはこれっぽっちも持っていませんし、農場はコナーさん達に任せっきりだし」
エリシャはいったいどこに悲しむ要素があるのか、というくらいに頬を膨らませて俺への不満を並び立てる。
「でも、最終的に私を助けてくれました」
言葉を切ると、エリシャは吐息を漏らして笑顔を浮かべた。
「ネイトさんがチラシを張ってくれたから私は女神様のいらっしゃるこの島に来ました。ネイトさんが家に住まわせてくれたから私は今日も元気に暮らせています。ネイトさんが通訳をしてくれたからユイさんと話すことができました」
「別にそんなつもりは――」
否定しようとした言葉はエリシャによって遮られた。
「そのつもりがあってした行動じゃないかもしれません。でも、間違いなくあなたの行動が私を救ってくれたんです!」
「エリシャ……」
「だから、自分がいなくなっても悲しむ人間がいないなんて言わないでください。私、泣いちゃいますよ?」
絶えず言葉を紡ぎ続けたため、エリシャは再び息切れを起こす。
自分のためにこんなに真摯な言葉をかけてくれた人が今までいただろうか。
何とも形容しがたい感情が俺の中で渦巻く。
それが何かはわからない。だが、ニート生活の中で麻痺していた心が少しだけ動いた気がした。
「ったく、息を整えるために止まったのに、息切れしてたら世話ないな」
そして、ようやく動いた口から出た言葉はしょうもない憎まれ口だった。
「……すみません」
また息切れされても困るので、今度はゆっくりとした足取りで山を登り始める。
ふと、空を見上げると辺りはすっかり暗くなり、体が空腹を訴え始めている。これなら鉱山に潜っていた方がまだ疲れなかったし、金も稼げた。
だが、悪くない――そう思った。
「もうこんな時間かよ。挨拶回りも楽じゃないな」
「買い物もしていましたからね。でも、家の改築を頼めたのは良かったではないですか?」
挨拶回りの途中、クダイさんの店に寄ったところ、家の改築の話になりクダイさんが請け負ってくれることになったのだ。
そういえば、女神の加護があったからあんなボロ家でも快適に過ごせていたから、改築するのをすっかり忘れていただった。
「俺はともかくエリシャはあの環境じゃ暮らすのはキツイからな」
「えっ、私ですか?」
俺の言葉に驚いたようにエリシャはきょとんとした表情を浮かべる。
「だって、海外ならベッドに慣れてるだろ? 床にバスタオルを引いて寝るだけじゃ体が休まらないだろ」
俺がベッドを譲ればいいだけの話なのだが、俺もベッド派なのでそこは譲れない。
あまりの辛さにエリシャが出て行ったところで、気楽な一人暮らしに戻るだけだから構わないが。
「私のこと心配をしてくださってたんですか?」
「別にお前の心配をしていたわけじゃない。俺は女神の加護があるからそういうとこに無頓着だってことに気付いただけだ」
俺が誰かの心配をするなんてありえないのだ。自分本位に生きて自分の幸せを守る。それが俺なのだ。
だというのに、エリシャは上機嫌で俺の顔を覗き込むと、満面の笑みを浮かべて言った。
「ふふっ、そういうことにしてあげます」
そういうと、エリシャはスキップしながら先に丘を登っていく。
「おい! 何がそういうことだ!」
そんな彼女を追いかけるように俺も丘を登った。
家への道は暗く、回りに灯りは何もない。
だが、今日は夜空に浮かぶ月と満点の星が俺達の道を照らしてくれていたのであった。
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