第10話 ニート、シスターと街を回る

 別に気が変わったわけではない。必死に頭を下げるエリシャを見ていると、このままゴネられた方が面倒な気がしただけだ。

 渋々丘の下にある街へと向かう。エリシャは俺の三歩ほど後ろでスキップをしながらついてくる。なんだよ可愛いなこいつ。

 最初に向かうのは雑貨屋だ。ユイさんは島の住民の中での数少ない顔見知りだ。案内するならまずはここがベストだろう。


「いらっしゃいませ! ……なんだネイトか」

「お、おう」


 いつものようにユイさんは俺の顔を見るなり営業スマイルを引っ込めてつまらないものを見るような顔になる。この扱いにも慣れたものである。


「珍しいじゃん。いつもは週一でしかこないのに」

「今日はちょっと別の用があって来たんだ。おい、エリシャ」


 店内に入った途端に俺の後ろに隠れたエリシャをユイさんの前に立たせる。


「こ、こんにちはー……」


 言葉が通じないためか、おっかなびっくりした様子で挨拶をするエリシャ。


「は、ハロー……」


 エリシャの言葉はユイさんには外国語に聞こえているため、彼女も同じように戸惑いながらも挨拶を返した。どうやら片言は翻訳されないようだ。

 ハローってことはエリシャの使っている言葉は英語っぽいな。

 英語なら大学の授業とかでもやってたからちょっとはわかるぞ。自己紹介くらいしかできないけど。


 挨拶を交わしたっきり二人は黙りこくってしまった。言葉が通じないから仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 この世界の教育制度がどうなっているかはわからないが、英語が必修科目でないことは明白だ。そもそも義務教育制度すらないからな。外国語なんて商売柄使う人だけが学ぶものなのだ。


「ユイさん。マイ・ネーム・イズ・ユイコ・アラガキ。プリーズ・コール・ミー・ユイって言ってみてくれ」

「え? うん、わかった……まいねーむいず、結衣子新垣。ぷりーずこーるみーユイ」

「はい、私はエリシャ・アシュリーと申します! よろしくお願いします、ユイさん!」


 この気まずい空気を払拭するために俺はユイさんに助け舟を出すことにした。

 ユイさんの発音はザ・英語が苦手な人という感じのものではあったが、なんとかエリシャに通じたようで、彼女は笑顔で自己紹介を返した。


 というか、エリシャの苗字ってアシュリーなのか。初めて知ったな。


「すごいねネイト。この子の言葉がわかるんだ……あれ? じゃあ、なんで言葉が通じないふりをしたの?」

「単純に自己紹介くらいしかできないからだよ。俺だってちょっと聞いたことがあるくらいだったし。家ではジェスチャーとかでなんとか乗り切ってるよ」

「そっか、大変な役目を押しつけちゃってごめんね」


 訝しげな顔になるユイさんに適当な説明をすると、ユイさんは納得してくれた。本当、この人は俺と違って思いやりがある人だよな。全然、年下という感じがしない。


「いいって、家事とか手伝ってもらっちゃってるし」

「手伝う? 全部私がやっているのですが……」


 俺の言葉にエリシャは不満げに呟いた。もちろん、言葉が通じないのでユイさんには何を言っているかは通じない。


「そういえば、今日はエリシャを紹介するために連れてきたんだ。言葉は通じないけど、本人はこの島で暮らしていくつもりらしいからいろいろと助けてやってほしい」

「わかったよ。言葉は通じないけど、頑張ってみる。あっ、そうだ。ちょっと待ってて」


 俺とエリシャが店を出ようとすると、ユイさんに引き留められた。

 ユイさんは近くにあった飲み物用の冷蔵庫の扉をあけると、二本のスポーツドリンクの瓶を取りだした。


「二人共、これ持ってって。今日は結構暑いでしょ。水分補給はマメにしないと倒れるよ」

「ありがとう、ユイさん。そういえば、水分補給とか意識したことなかったな」


 女神の加護のおかげで基本的に俺の体は辛いと感じるほど暑さを感じないのだ。

 ただ、それも不快に感じない程度であり、当然体からは結構な量の汗が出る。

 鉱山の帰りに体がふらついたこともあったし、肉体への負荷はある程度かかるようになっているのかもしれない。


「ありがとうございます! ユイさん!」

「ふふっ、どういたしまして」


 どうやら言葉は通じなくても心は通じたらしい。エリシャもユイさんがいればこの島で暮らしていきやすいだろう。


「良い人ですね、ユイさん」

「唯一、俺がまともに話せる相手だしな」


 二人してユイさんの優しさを噛み締めていると、何かに気がついたように俺の方を向いて言った。


「唯一ってことは他の住民の方とは話していないんですか?」

「あ、他の住民がどこ住んでるかわからないんだった」


 二ヶ月も経てばまともな住居も経つだろうし、街も活気づく。そんな間、コミュニケーションをまったく取っていなかった俺が、どうやって人の住んでいる場所を探すというのだ。


「案内を頼んでおいてこんなことを言うのもなんですけど、二ヶ月もユイさん以外の住民の方と話していないなんてどうかと思いますよ……」


 エリシャに返す言葉もなく、俺は再びユイさんのところへと引き返すはめになったのだった。


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