第9話 ニート、シスターと暮らし始める

 次の日、俺は耳を劈くような大声で起こされた。


「さあ起きてください! 今日も朝を迎えられたことを女神様に感謝しましょう!」

「……眠い……あと、二時間……」

「どんだけ寝るんですか! 起きてくださいってば!」


 布団を引っぺがされカーテンを開けられる。眩いばかりの朝日が窓から入り込み、俺の目を瞼の上から焼いた。


「ぎゃぁぁぁ、目が、目がぁぁぁ!」

「大袈裟ですよ。どれだけ普段引き籠っているのですか……」


 呆れたように嘆息するエリシャ。夜型人間の俺とは違い、エリシャは朝型人間のようだ。


「これでも一応女神のとこには毎日行ってるんだぞ」


 加護の力を得るための面倒な行為ではあるが、得られる恩恵を考えれば泉通いも仕方がないのだ。


「様を付けてください! 不敬ですよ!」

「別にいいだろ。ここの女神はお前が思っているほど立派じゃないし」


 下手をすれば俺よりポテチとコーラが似合うまである。


「そんなこと言っているとバチがあたってしまいますよ」

「おーおー、怖い怖い」

「もう!」


 おどけた様に言う俺に対して、エリシャは頬を膨らませて懸け布団を干しに行ってしまった。これでは二度寝ができない。

 最愛の掛け布団を失った俺はしぶしぶ起きることにしたのだった。


 部屋から出ると、鼻孔をくすぐる良い香りが立ち上る。どうやら、エリシャが朝食を作っていたようだ。

 出てきたのはバタートーストと紅茶。

 うーん、この質素な感じはなんとかならないものか。


「さあ、一緒に祈りましょう!」

「嫌だ。いただきます」


 両手を祈りの形に合わせるエリシャを無視し、普通にバタートーストにかぶりつく。小麦も卵も輸入品だから味は普通だ。


「ちょっと! 女神様の御加護を受けておいてなんですかその態度は!」

「だって、この食材全部輸入品だし。それにいただきますってちゃんと言っただろ? 食材を作ってくれた人にはちゃんと感謝しているさ」


 エリシャは俺の行動にいちいち突っかかってくる。メイド代わりに拾ったつもりだったが、失敗だったようだ。


「私はこんな人とやっていけるのでしょうか……」

「なるようになるだろ」

「あなたが言わないでください!」


 声を荒げるエリシャを宥めつつ朝食を終えると、俺は農作業の進捗確認をするために外出することにした。


 食器を洗い終えたエリシャもやることがなくなって俺に同行すると言い出したので、二人で農場に向かうと、そこには燦々と輝く太陽の中で汗を流すコナー達の姿があった。

 一心不乱に野菜と向き合っていたコナーだったが、俺達の姿に気がつくと笑顔で手を振ってきた。


「あ、ネイトとエリシャ。おはようなのナー」

「よっ、今日も精が出るな」

「おはようございます、コナーさん」


 小麦色の髪と青いつなぎが似合う妖精は今日も農作業にいそしんでいた。

 土まみれの長靴は誰よりも彼が土いじりに力を入れている証拠だ。


「とても立派な農場ですね」


 瑞々しいトマトや背高く伸びたトウモロコシ畑を見てエリシャは目を輝かせる。


「女神の加護があれば、鳥害や天候の心配もしなくていい環境で育てられるからな。必然的にこうなるわな」

「……なんでこの人は水を差すようなことを言うんですかね」


 俺の言葉にエリシャは心底呆れたようにため息をつく。別に事実だから仕方がないと思うのだが。


「いや、ここの区画は女神様の加護はかかってないのナー」

「おいおい、女神の加護無しで味が落ちたとか言われたらどうするつもりだ」


 せっかく高品質な野菜ということで売り上げが上がっているのだ。つまらないことで売れなくなったら困る。

 そんな俺の不安を知ってか知らでか、コナーは楽しそうに語った。


「ふっふっふ、僕を甘く見ないで欲しいのナー。女神の加護はなくても、僕は大地の妖精なのナー。純粋な知識でも加護に引けを取らないのナー」


 得意げな顔で語るコナーだったが、俺としてはちょっと不安である。


「そんなに心配なら食べてみるといいのナー。あとエリシャもどうぞなのナー」

「わあ、おいしそう! ありがとうございます!」


 渋い表情を崩さない俺のため、あとついでにエリシャのために、コナーはトマトをもいで持ってきた。色艶はとても良いが、肝心なのは味である。

 俺は意を決して、エリシャはわくわくした表情で、トマトにかぶりついた。


「うまっ!?」

「お、おいしいです!」


 うまい、そして甘い。トマトと言えば酸味が強いイメージだが、このトマトはそんなイメージを覆すくらいに甘い。あと中の種がある部分が苦手な人は多いと聞くが、これは果肉がしっかりとしていて、中のゼリー感が少ない。


「それは糖度が強いトマトだから、酸味が強いのは別で作ってるのナー」

「プロかよ。いや、プロだったわ」


 農業というより、大地の恵みに関してこいつの右に出る者はいなかったのだ。改めて妖精のハイスペックさを痛感させられる。


「トウモロコシも食用と家畜用飼料用を作っているのナー」

「飼料? どっかの牧場に出荷するのか?」


 大量生産できる環境ではあるし、利率は悪くないとは思うが大きな増収が期待できるとは言い難い。


「いや、将来的には自給自足を目指しているから家畜も近々迎え入れる予定なのナー」

「……俺の知らないところで牧場建設計画が始まってる件について」


 もはやコナーが牧場主である。何の役にも立たないけど、せめて相談くらいはしてくれてもいいだろうに。


「そもそも、あなたは何をしているのですか?」


 農場のほとんどのことをコナーがやっているため、エリシャは詐欺師を見るような目で俺を見てきた。


「俺はこいつらの上司みたいなもんだからな。俺の仕事は仕事の割り振りと決定だ」


 最近はそれすら怪しくなってきているのだが。


「要するに、何もしていないってことですね。呆れました、恥ずかしくないんですか?」

「ニートは別に恥じることじゃない。誰しも出来ることと出来ないことがある。適材適所ってやつだ」

「なるほど、適した場所がないから何もしていないんですね」

「そうとも言う。そして、居候のお前に言われたくはない」


 エリシャは家事をやっているが、それは住む場所と食事の等価交換である。

 この土地は女神とゴンさんも認める俺の物だから、俺が働かないのは当然のことなのだ。


「それではお仕事の邪魔をしては申し訳ないので、私達は行きますね」

「はいなのナー」


 再び農作業に精を出すコナーに別れを告げて、俺とエリシャは農場の中を歩きだす。

 目的地は特に決めていないが、ここは帰宅以外ありえない。そう思っていたのだが、エリシャは思いもよらないことを口走る。


「さあ、町の人に挨拶回りに行きましょう」

「お前は何を言っているんだ。行くわけないだろ、面倒臭い。俺は帰る」


 何が悲しくて二ヶ月も放置していた住民とのコミュニケーションをしなくてはいけないというのだ。

 人間とのコミュニケーションでいえば、年単位で放置している引きこもりだぞ。まともにコミュニケーションなんてとれるわけがない。


「ネイトさんこそ何を言っているのですか。同じ島に暮らしいるのですから挨拶くらいしないと忘れられちゃいますよ?」


 それに関しては手遅れな気がする。だってエリシャが来た時に俺が広場に行ったら大半の人間に「誰だこいつ」って顔されたし。

 それに俺が住民と顔を合わせていなかったのにも理由があるのだ。


「えー……俺、これから鉱山行くんだけど」


 農場から帰宅して道具を持ったら鉱山へ行く。それがここ最近の俺の日課となっていた。

 この島の鉱山資源は豊富で、農業なんかやってられるかと思ってしまうほど稼げるのだ。まあ、農業をやっているのはコナー達妖精だからいいんだけど。


 女神の加護のおかげもあって疲れ知らずの俺はすっかり採掘にはまり、ツルハシを持っては鉱山に出掛ける日々を送っていたのであった。


「きょ、今日はいいじゃないですか」

「じゃあ、挨拶回りも今日じゃなくていいな」


 なんなら明日でも明後日じゃなくてもいい。

 取り付く島もない俺に対し、エリシャは顔を俯かせて言った。


「……だって、ネイトさんがいないと言葉が通じないんですもん」


 いじけるようにエリシャは首元の十字架をいじる。その姿は大変可愛らしいが、面倒事はごめんである。


「私、この島のこと全然知らないんです。簡単な案内だけでもいいので、お願いします!」

「嫌だ」

「お願いします! もっとおいしい朝食が作れるように努力します! 朝だってもうちょっと優しく起こします! 掃除も頑張ります! だから、お願いします!」

「わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」


 結局、俺は根負けしてエリシャの挨拶回りに同行することにした。


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