第8話 ニート、シスターを拾う
街からここまでは結構な距離がある。しかもずっと坂道になっているというのに、ここまで追ってくるとは大した執念である。俺の場合、女神の加護があるから行き来しても疲れないが、加護のない常人がここまで上ってくるのはかなり疲れるはずだ。
「……どうして言葉が通じてないふりをするんですか!」
「説明が面倒だからコナー頼む」
「えー、僕がするのナー?」
タオルで汗を拭いながら俺達の元へと小走りでやってきたコナーはエリシャに向き直り、事の次第を簡潔に説明しはじめた。
「ネイトが君の国の言葉を話せるのは女神様の力で言葉が翻訳されてるからなのナー。あ、ちなみに僕は妖精なのナー」
そう言ってコナーは人間形態から元の妖精の姿に戻った。それを見たエリシャは驚きのあまり、悲鳴のような声を上げる。
「ひ、人が消えた!?」
だが、驚いたのは妖精形態のコナーを見たからではなく、単純に目の前から消えたように見えたからだった。
つまるところ、彼女に妖精は見えないということになる。
「なるほど、女神への信仰心があっても妖精は見えないのか」
それなら一安心だ。
コナーが見えないということは女神の奴も見えないということだ。それなら俺がお役御免にならずに済む。
エリシャの反応を見たコナーは会話ができないと困るため、元の人間形態に戻った。
「女神様への信仰心があるのに僕が見えないのは驚いたのナー」
「見えない、というか。金色に輝く光があるという感じでした……」
未だ信じられない光景を目にしたといった様子で茫然とするエリシャ。どうやら女神や妖精の存在を信じていても、実際に目にすると驚いてしまうようだ。
「存在は認知できるのナー……じゃあ、きっと女神様も同じ感じに見えるんだナー」
「ということは、本当にこの島に女神様はいらっしゃるんですね?」
「うん、ここから少し歩いたとこの泉に住んでるのナー」
コナーの言葉を聞いたエリシャは肩を震わせ、目に歓喜の涙を浮かべた。
「ま、まさか本当に女神様の住んでいらっしゃる土地に来られるなんて……! 感激です!」
感動に打ち震えているところに悪いが、俺は彼女へと非情な現実を突き付ける。
「ま、女神の加護がなきゃ言葉は通じないみたいだけどな」
「え?」
俺の言葉を聞いたエリシャは訝しげな表情を浮かべる。
どうやら、ここにいる全員と会話していたせいか、自分の言葉が通じないことを忘れているようだ。
「コナーが言ってただろ。俺の言葉がお前に通じるのは女神の加護があるからだって。つまり、この島の住民はみんなお前と話せないんだよ」
最初は理解できなかったようだが、段々と俺の言葉の意味を理解してエリシャは顔を青褪めさせた。
「つ、つまり、私はこの島の誰ともコミュニケーションをとることができないということですか?」
「俺と人間形態の妖精達以外、な。ちなみに貯金は?」
「手持ちのお金なら少しだけ……」
「サバイバル知識とかは?」
「料理は得意です! ……台所があればですけど」
見知らぬ土地で言葉も通じない、貯金も碌にない、材料と料理道具がなければ食事も作れない。俺だったら人生諦めてるレベルだな。
「私、どうやって生きていけば……」
「ご愁傷様。まあ、頑張れ」
地面に手をついて絶望しているエリシャの肩に手を置いて適当に慰める。すると、さすがに気の毒だと思ったのか、コナーが俺の行動に苦言を呈してきた。
「ネイト、助けてあげないのナー?」
「えっ、なんで?」
「えっ」
どうてし俺がというニュアンスで返したら、コナーが絶句してしまった。
何か変なことでも言ってしまったのだろうか。
「エリシャ、かわいそうなのナー」
「人助けは余裕のある人間のすることだろ。俺に余裕は――」
こちとら毎日生きるので必死なのだ。朝はコナー達に畑仕事を任せて、昼は買い出し、夜は健康のために早めに寝ている……あれ?
「余裕は、あるな」
うちの畑で獲れた野菜や果物も都会では結構な値段で売れてるため貯金もある。どうやら、面倒臭い以外にエリシャの面倒を見ない理由は存在しないようだ。
「はぁ……わかったよ。コナーの頼みならしょうがない」
「ありがとうなのナー!」
小麦粉だけでこき使っているのに、コナーの頼みを断ったらバチが当たりそうだ。金を貸して通訳をするくらいはしてあげよう。
「エリシャ、しばらくは俺の家で暮らすといい。家のことをやってくれるなら文句はないから」
「あ、ありがとうございます!」
よし、これで家事すらやらなくて済む。これでもっとのんびり暮らせるぞ――そう思っていた時期が俺にもあった。
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