第14話 ニート、クマに襲われる
後日、エリシャは緊張した面持ちで挨拶回りへと出かけた。
もちろん、俺が出かける先は鉱山である。
鉱山へは女神の泉の先にある獣道を通って行くことで辿り着ける。
この島には猪やクマといった危険な猛獣がいるが、俺は女神の加護を受けているため襲われることはない。
最初はそれでクマ鍋でも作ろうと思ったが、女神と妖精達に全力で止められた。
女神の加護を使って無抵抗の猛獣を狩って食べるのもなかなか悪くないとは思ったのだが、どうやら女神的倫理観ではダメらしい。
「グオォォォ……」
物音がしたのでそちらを振り向くと、そこには体長六メートルを超えるクマが仰々しく頭を垂れていた。
「おう、今日もご苦労さん」
このクマの存在があるため、島の住民達はこの先の探検を断念した。つまり、こいつがいる限り俺は貴重な鉱石を取り放題というわけだ。
いくら猛獣といえど、害がないとわかれば可愛く見えてくるというものである。
さて、今日はどれだけダイヤモンドが採れるかな。
「……今日はこんなもんか」
いつものように最低限持ち帰れるほど鉱石を採掘したら帰り支度をする。いらないクズ鉄は捨ててしまおう。
この二ヶ月間の間で俺はかなり深くまで堀進んだ。もはや帰りに階段を上がる方が精神的に疲れるほどである。
今日も大量だった。今まで採ったダイヤモンドを使えば億万長者も夢ではない。
急に大量のダイヤモンドを持って行ったら不審がられるため、こういった宝石類は少しずつ売りに出すことにしている。
そして、万が一にもダイヤモンドを盗られないように、絶対に安全な場所にダイヤモンドを保存していた。
俺は鉱山を出て森の中にある穴蔵に入っていく。
「おっ、今日はまだ帰ってきてないのか」
そう先ほどのクマの巣穴である。
他の住民には襲いかかり、俺にだけ襲いかからないクマ。そんな最強の防犯システムが住んでいる場所なのだから、まず盗られる心配はないだろう。……ダイヤモンドを貯めていることは、女神にバレていたが。
「うひょー、やっぱ大量のダイヤモンドは最高だわ……」
貯蓄分のダイヤモンドを見ていると心が安らぐ。
このダイヤモンドはただの貯金ではない。俺にとっては目に見える努力の証でもある。
女神の加護があるとはいえ、金銭的価値のあるものを自分の労働の対価として得るということはニートだった俺にとってはいままでにない経験だったのだ。どんなに女神に強請られようと、渡すことはないだろう。
「さてと、今週の出荷分は……このくらいか」
今日の採掘分から売りに出すダイヤモンドを選別する。
毎日出荷するのも怪しまれるため、一週間にちょっとだけしか出荷できないのが辛いところである。ゲームと違う現実の世知辛いところである。
これだけあれば緊急時の備えとしては十分だ。これさえあれば遊んで暮らしていける。
コナー達が仕事をしてくれるし、俺は好きなことに時間と金をいくらでも費やせる。これほど幸せなことはない。
そんな輝かしい未来に頬を緩めていると、ここでは聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「あっ、探しましたよネイトさん」
修道服についた土埃を払いながら巣穴に入ってきたのはエリシャだった。
「エリ、シャ?」
なんでここにいる、という俺の疑問はこの危機的状況のせいで吹き飛んでいた。
エリシャは女神の加護がない。そして、ここはクマの巣穴である。
「もう、こんな穴蔵の中で何をして――」
「エリシャ! 逃げろ!」
エリシャの後ろに巨大な影が見えた時、俺の体は反射的に動き出していた。
「グオオオオオオオ!」
「ぐっ!?」
エリシャを庇い、振り下ろされた爪を正面から受けて俺の体は巣穴の奥まで吹き飛ばされた。
「グ、グオ……?」
壁に叩き付けられた俺を見て、クマは戸惑ったように俺の方を見ている。どうやら、落ち着いてくれたみたいだ。
「ネイトさん!? 大丈夫ですか! ネイトさん!」
良かった。ちょっと顔を擦りむいてはいるがエリシャは無事のようだ。
「いいか……エリシャに、手を出すな……これは、命令だ……」
「グオ!」
わかったと言わんばかりに頷くクマ。よし、これでエリシャが森に入り込んでもクマには襲われないだろう。
「そんな……起きてください! ネイトさん! 死んじゃ嫌です!」
まったく、今日のエリシャはいつにも増してうるさいな。言われなくても起きるところだ。
「……痛て。クマの奴、本気で殴りやがったな」
「えっ」
服についた土を払って立ち上がると、エリシャは唖然とした様子で固まった。
「どうした?」
「どうしたはこっちの台詞なんですけど……ネイトさん、何ともないんですか?」
「いや、結構痛かったぞ」
クマの一撃はかなり重いからな。下手したら肩を脱臼しているかもしれない。帰ったら湿布を張らなければ。
「痛いで済まないと思うのですが」
「まあ、そこは女神の加護のおかげだよ」
「さすがは女神様……!」
エリシャは女神の加護と聞くと納得した。それで納得するのもどうかと思うのだが。
「というか、なんで俺の居場所がわかったんだ?」
「森の妖精であるサラさんに聞いたんですよ。だいたいの位置はコレが教えてくれました。ほら」
そう言ってエリシャが取り出したのは淡い光を放つ虫のような何かだった。
蛍というにはサイズが野球ボールくらいあるし、正直見ていて気持ちが悪い。
「妖精の分体らしいです。これは森の妖精のサラさんの分体ですね」
「サラの奴……」
今度の配給の時、小麦粉の量を減らしてやろう。
「それで、クマさんの巣で何をしていたんですか?」
「別にいいだろ。大したことはしていない。そんなことより、ちゃんと言葉を話せるようになったのか」
「え、ええ、まあ……ユイさんとなら、はい」
ユイさんに限定するということは、他の住民とは禄に話せなかったようだ。
あの優しいユイさんのことだ。エリシャに合わせようと必死で英語を勉強してくれているのだろう。
ゴンさんが貿易をしている以上、他言語の教材も入手しやすそうだし。
「どうせユイさんがお前の方の言葉でしゃべってくれてるんだろ」
「な、なんでわかるんですか」
「お前のためにわざわざ他国の言葉を勉強してくれるのなんてユイさんくらいだからな。それだけ他国の言葉ってのは面倒なもんなんだよ。他人のためにそこまでしようなんて思う人間はそうそういない」
実際、俺は英語とか使わないと言ってまったく勉強しなかったからな。翻訳の宿題とかエキサイト先生頼みだったし。
「じゃあ、ネイトさんは他人である私のために言葉を教えてくれるいい人ですね!」
「だから、それは女神の加護があるから……はぁ、もうツッコミを入れる気力もない。帰るぞ」
面倒なことに上機嫌なエリシャを連れ立って俺はクマの巣穴を後にした。
幸い、ダイヤモンドの件はうやむやにできたし、良しとするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます