第3話 「怖い」は千の顔を持って襲い掛かる

 香織と正式に付き合うことになって驚いたことは、彼女には結婚歴があり晴翔という名前の子どももいたことだ。

 なぜ前の旦那と別れることになったのかは聞く前に晴翔の背中を見て分かった。

 大きな痣やタバコを押し付けたような痕がそこかしこに存在していた。前の旦那はとんでもないDV野郎だったというわけだ。

 晴翔はまだ覚束ない足取りでヨタヨタ歩いている。そんな姿を見て俺は立派に育て上げると固く決心した。


 付き合って半年、晴翔が2歳になるときに俺と香織は結婚した。

 引っ越しもした。これから新しい家族としての新生活が始まることに胸が高鳴った。

 生活は決して楽ではなかったが、香織と晴翔の寝顔を見ていると頑張れる気がした。

 今日もうつ伏せで眠っている晴翔を起こさないように静かに起き上がり、歯磨きをしてスーツに着替える。出発しようと歩き出したとき、何かに躓いて転んでしまった。

「いたたたた……」と頭の後ろにはテーブルの角があった。

 危ない危ない。カドに当たっていたら下手したら死んでいたかもしれない。

 それにしても何を踏んで転んでしまったんだろう。足元に目を移すと、単三電池が転がっていた。

 電池で転んでテーブルに頭を打って亡くなる光景が過ぎり身体を震わせる。すぐに電池をゴミ箱に入れて出勤した。


 この日は厄日だった。

 上司には怒られるし、電車は遅延するし、靴紐が切れて転びそうになったりもした。

 同僚からは「お前、なんか呪われてんじゃねぇの?呪い系の専門家とか知り合いにいたら見てもらった方がいいんじゃねぇの?」と心配された。

 呪い――誰かから呪われる覚えなど一切なかったが、ふと、あの時の心霊探偵「呪 祝太郎」のことを思い出した。苗字が『呪』だし心霊探偵と名乗ってるぐらいだから呪いにも詳しいだろう。

 早速電話をかけてみたが通じなかった。


 なんとなく胸騒ぎがした。

 祝太郎の探偵事務所は会社のすぐ近くにあるということで、昼休みに少し寄ってみることにした。

 地図アプリを頼りに事務所近くまで来て呆然とした。探偵事務所があったと思わしき場所は更地になっていたのだ。移転したか?と思い再び検索をかける。すると事件の記事が出てきた。


【心霊探偵事務所で放火殺人。調査中の事件は迷宮入りへ】


 どうやら祝太郎の霊能力は本物のようで、死者の声を聞くことができるらしく、警察が未解決の事件を依頼することもあったようだ。

 そのため、事件の解決を快く思っていない人たちから生命を狙われることも度々あり、ついに毒牙に掛けられてしまったのではないか。と記事は綴っていた。


 背筋に悪寒が走る。何か不気味な恐ろしいものに見張られているようなそんな息苦しささえ感じた。午後からの仕事など手に着くはずもなく、定時を超えて帰るのが遅くなってしまった。 

 家に帰ると、香織と晴翔はもう眠っているようだった。

 作り置きしていた夕飯を食べる。何かから解放されたくて普段は飲まないお酒も飲んだ。

 今日はもうお風呂に入ってすぐに寝よう。そうして浴槽にお湯を入れる。眠い。晴翔が駆け寄ってきた。どうした?晴翔はもうお風呂入ったし寝なさい。え?パパともう一回お風呂入る?眠い。仕方がない。一緒に入るか――


 そこで意識は飛んだ。

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