第2話 「怖い」ものとはなんだろう?

香織と出会ったのは年末に開かれた大規模なイベントの後の打ち上げであった。

広いお座敷の店内でたまたま向かい側に座っていたのが香織だった。

さらに近くの席に座っていた祝太郎やレイコとも仲良くなり4人で2次会に行こうという流れになった。


2次会でも色々な話に花を咲かせていたが中でも印象に残っていたのは、

4人で「怖いものは何か」という話題になっただろう。

祝太郎は炎が怖かったりレイコはヘビが苦手だといったありきたりなものを列挙していたが、

ふいに香織が一言「おまんじゅうが怖い」と言った。


「おまんじゅう?なんで?」とみんな訝しがったが

どうにも身内が喉を詰まらせたことがあるとかで、それがトラウマになっているそうだ。

実際の事故を目の当りにしたらそれは怖い。と空気が少し暗くなった時

「そういえば駅前のスイーツ屋さん無くなっちゃいましたね~」とレイコが言った。

「あぁ、ファニーハニーか。ハチミツを使ってるのが特徴のお店だったよね」と祝太郎も続けた。

俺はあんまり詳しくなかったが、駅前にあるファニーハニーという洋菓子店は

テレビでもたびたび取り上げられ開店当初は人気があったらしい。とはいえ最初の評判だけでは経営が長続きするわけもなく、開店から一年半で幕を下ろすことになったのだが。

「ファニーハニーかぁ。去年はよく家族みんなで食べていたなぁ」と香織もどこか遠くを見ながら相槌を打った。

端正だがどこか冷たい印象すらあるその表情に少し微笑みを浮かべた香織に、ある種の蠱惑的な感情を覚えた。


終電が近づき、2次会もお開きになるかという時に、

祝太郎がそっと耳打ちした。

「俺さ……レイコちゃんとこの後2人になることにした」

「えっ」

「だからさ……お前もがんばれよ。好きなんだろ?香織ちゃんのこと」


会計を済ませて、いよいよ解散になるかといったときに香織の方から話しかけてきた

「ねぇ……2人で次のお店に行きたいな」

俺には拒否する理由はなかった。



翌朝、ホテルから出て家に帰ろうとするとき祝太郎から電話が来た。

祝太郎はとても慌てた様子で電話口から何か物をひっくり返したりバサバサという音が絶え間なく聞こえてくる。

「レイコの連絡先って交換してたよな?確認してくれないか」

「どうして?」

「朝起きたら、いなくなっててさぁ!連絡先交換してるはずなのにどこにも見当たらないし!ってか財布もないしノートも無くなってる!!どうしよう」

「ノート?」

「俺の探偵ノートだよ。昨日言っただろ、俺探偵やっててさ。名刺も渡したはずだぜ?」

ポケットを探ると一枚の紙片が出てきた。「霊能探偵 呪 祝太郎(まじない いわたろう)」と書かれていた。


「探偵なら名推理してどこに行ったか当てればいいんじゃないか?」

「そんな簡単に言うなよぉ」祝太郎の声は泣きそうだった。

取り乱す祝太郎の声を聞きながら俺は呟いた。

「レイコちゃん……ひょっとしたら人間じゃなくて幽霊だったから消えたんじゃないか?」

「えっ、何言ってるんだよ」

「だっていかにもそれっぽい名前だっただろ。苗字が『幽』で名前が『霊子』で、『幽 霊子(ゆう れいこ)』だぜ?」

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