君に永遠の片思い
遊井そわ香
第一章 及川めぐみだった
第1話 幼馴染という関係性
夏の暑さに耐えきれずに、空が破裂したかのようだった。
雷鳴が
うだるような八月。連日の暑さといい、気まぐれな雷雨といい、人類がどんなに文明を発展させようが、天気に振り回され続けるのだろう。
慌てふためく人間を見て、雷様が笑っているかもしれない。
そんなことを考えながら、ミシミシと鳴る傾斜の急な階段を上がる。二階の窓から外を見渡し、思わず息を飲んだ。
「綺麗……」
雨上がりの村が、緑色に染まっている。
激しい雷雨が青々とした稲と山々の葉を溶かし、そよぐ風がその緑色を村中に行き渡らせたようだった。
今日のこの美しさを心に焼きつけよう。大人になっても、覚えておこう。
私は目の前に広がる光景を心に刻み、開け放してある窓から緑色の風を吸った。それから体の向きを変えて、ドアを軽くノックする。
「夕飯のおすそわけ、持ってきたよー」
開いた窓の外からひぐらしの鳴く声が聞こえてくるだけで、住民からの返事はない。
私はそっと、ドアノブを回した。案の定、住民は寝ていた。足音を立てないように気をつけながら、部屋の中に足を踏み入れる。
この部屋の住民の名前は、
私、
裕史の部屋は、私の別荘と言っても過言ではない。家族と喧嘩すると裕史の部屋に上がり込んで、漫画を読んだりゲームをして過ごす。
裕史の部屋は絶好の避難場所。大変に居心地が良い。
私は裕史が寝ているのを幸いにと、中二男子の生態を探ることにした。部屋の中をキョロキョロと見回す。
古い農家の家なので、昭和にタイムスリップした気分になる。日に焼けた畳に、汚れがこびりついたアルミサッシの窓。
けれど裕史は綺麗好きなので、八畳の部屋の中はすっきりしている。
本棚には歴史漫画や小説が整然と並び、机の上にある教科書は、本立てに挟まれてまっすぐに立っている。
パイプ製のベッドに目を向けると、裕史は半袖短パンで寝ていた。短パンから出ている、日焼けの境界線がくっきりとついた太ももにドキリとするものを感じて、私は慌てて視線を机の上に戻した。
机の上にある本のタイトルは、『一学期の総復習! 中二数学ドリル』
「これ、宿題じゃないよね? 自主学習? さすが頭のいい人は違う。私なんて、宿題がたっぷり残っているのに」
「……うぅ……」
裕史の眠りは浅かったらしい。私は急いで、本棚の影に隠れた。
「……なにやってんの?」
「カナカナカナ、私はセミです」
「めぐみさんでしょ?」
「もぉ、ノリが悪いなぁ。セミで対抗してよ。ツクツクオーシって鳴いて!」
「ははっ」
裕史は愛想笑いをすると、寝転がったまま腕を伸ばし、畳に置いてある眼鏡をかけた。
「もう夕方だよ。大丈夫? 夜、眠れる?」
「最近おじいちゃんが、夜起きることが多くて……」
「睡眠不足?」
「うん」
「じゃ、私が代わりにたっぷりと寝てあげようか?」
「それなんか意味ある?」
「ある。私のお肌がピカピカになる」
「寝過ぎも良くないよ。めぐみさんの頭にキノコが生えそう」
「おいっ!!」
私は近くにあったタオルを、ベッドに腰掛けている裕史に向かって投げた。
裕史は片手でタオルをキャッチすると、「サンキュー」と笑って、そのタオルで顔を拭いた。
二階は暑い。裕史の部屋は東側だし、扇風機がかかっているけれど、それでも肌がじっとり汗ばむ。
話を切りあげて、一緒に下に降りる。
居間にある壁時計が、ボーンボーンボーン……と五回鳴った。黄ばんだ文字盤に乗っている長針は、十二を指している。
しかし私は、この時計は十分遅れていることを知っている。
裕史は、台所のテーブルに置いてあるちらし寿司に顔を輝かせた。
「わっ! スッゲー!!」
「おいしそうでしょう。おばあちゃんお手製のちらし寿司。プリプリの海老とイクラ乗せ」
「誰かの誕生日?」
「そう、誰かの誕生日。誰だと思う?」
「誰だっけ? イエス・キリストとか?」
「おいっ!」
ちらし寿司が入った寿司桶を持ち上げて、帰るふりをする。
「没収でーす!」
「ごめんごめん! で、今日は誰の誕生日だっけ?」
裕史の黒縁眼鏡の奥にある目が、笑っている。
「私の誕生日だよ! プレゼントがあるなら、もらってあげますけど?」
「サイダーあるけど、飲む?」
「豪華な夕飯が待っているのに、炭酸でお腹いっぱいにしたくなーい!」
私と裕史はこうやってふざけ合うし、仲が良いけれど、家が隣というだけ。
裕史の母親は一年前に癌で亡くなっており、私は祖母が作った料理の運び屋をしているにすぎない。
私と裕史の間には、幼馴染という関係性しかない。私は中三女子で、裕史は中二男子。学年も性別も違う。
そういうわけで、誕生日プレゼントがもらえるとは思っていない。
裕史の祖父は、居間にあるこたつに座っている。そうして一日中ぼんやりと、テレビを見ているらしい。
「おじいちゃん、ちらし寿司食べてくださいね。じゃ、帰ります。お邪魔しました」
返事がないとわかりつつも、丸まっている背中に声をかけた。
外に出ると、開口一番に「あっつー」と弱音を吐く。
雨が降ったというのに、ちっとも涼しくならない。もやもやとした熱気が充満していて、不快指数が上がる。
「蒸されている気分。中華まんってこんな感じ?」
右手に持っているビニール袋を何気なく振り回すと、カチャカチャと音がした。
「なんか入っている?」
ビニール袋の中に入っているのは、密閉容器。昨日のおすそわけである、麻婆豆腐が入っていた容器だ。裕史はいつも洗って返してくれる。
不透明の密閉容器を開けると、赤いチェック柄の小袋が入っていた。袋には、『誕生日おめでとう』と黒いサインペンで書いてある。
セロテープを綺麗に剥がして袋の中を見ると、髪留めが入っていた。
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