第2章 喪失と決意 :2-1 葬儀

4月の風が冷たく肌を刺す中、宮崎剛志は弟の葬儀を取り仕切っていた。

白い花々が飾られた会場には、翔太の写真が中央に置かれ、彼の優しい笑顔が映し出されている。

親族や友人たちが集まり、会場には重苦しい空気が漂っていた。

剛志は喪主として、翔太の最期の別れを見守りながら、心の中で弟に語りかけた。


「翔太、お前は本当に立派な弟だった。どうしてこんなことに…」涙をこらえながら、剛志は心の中で問いかけ続けた。


翔太の友人である亮太と悠馬も参列していた。

二人は翔太の死を信じられない様子で、涙を堪えながら剛志に声をかけた。

「宮崎さん、翔太君は本当に良い友達でした。信じられません…」亮太の目は赤く腫れており、何度も涙を拭っていた。

悠馬は声を詰まらせながら、「翔太の夢を叶えたかった…」とつぶやいた。


亮太と悠馬とは知り合いだった。以前、翔太から気の合う友人だと紹介された。

翔太の部屋で酒を飲みながら一晩明かしたこともある。

今、彼らから発せられる言葉は少なく、剛志と同じく翔太の死を受け止められないでいる様子が伝わってくる。


剛志は彼らの言葉に頷きながらも、御堂美咲の姿を探していた。

翔太の恋人である美咲が葬儀に姿を見せないことが気になっていた。

「美咲さん…どうして来ないんだ…」彼は心の中で問いかけるが、美咲が来ない理由を想像してみても、何も思い浮かばない。

ただ、美咲が翔太にとってどれほど大切な存在だったかを知っているだけに、その不在が胸に重くのしかかった。



葬儀が行われたのは事件から1週間後だった。

明らかな殺人事件ということで検死が行われ、翔太の遺体が剛志の元に戻ってきたのは2日前のことだった。

その間、剛志は何度も警察から事情を聞かれ、心身ともに疲れ果てていたが、弟のためにせめてしっかり葬儀を取り仕切りたかった。



読経が低く響く中、参列者たちは一人ずつ焼香を行い、翔太に最後の別れを告げた。


剛志はその姿を見守りながら、弟が皆に愛されていたことを痛感した。

誰もが涙を流し、長い時間かけて翔太の死を悼んでいた。



葬儀が終わり、人々が帰り始めた頃、剛志は叔父と叔母に声をかけられた。

彼らは両親の死後、剛志と翔太を支えてくれた大切な存在だった。


「剛志、これからどうするつもりだい?」


「叔父さん、叔母さん、心配かけてすみません。しばらく会社は休もうと思います。翔太のことを考えていたいんです…」


両親が亡くなった後、叔父叔母の支援は大きな力となったが、剛志は自分が就職すると同時にその支援を断っていた。

それ以来、自分の力で弟を支えてきた。


「剛志、無理をしないで。何かあったらいつでも言ってくれ」


「ありがとうございます。でも、これは自分の責任ですから」剛志は深く頭を下げた。

当然剛志に責められることはなかったが、それでも彼は自分の選択や行動のどこかが間違っていたのではないかと自問していた。

弟を守れなかった責任は自分にあると感じていた。



剛志は叔父と叔母を見送り、参列者たちも次々と帰っていった。

葬儀場に一人残った剛志は、改めて翔太の遺影に向き合った。

「翔太。やっぱりお前は自慢の弟だったよ」こらえていた涙が溢れた。



葬儀の帰り道、剛志は翔太の家に向かうことにした。

事件現場がどうなっているのか、もう一度確認したかったのだ。


コインパーキングに車を止め、喪服のまま歩き慣れた道を進む。

翔太の家はまだ立ち入り禁止のテープが張られており、警察の調査が続いていることを示していた。

剛志はその場に立ち尽くし、深い溜息をついた。


事件直後の警察とのやり取りが脳裏によみがえった。


―――――

剛志は翔太の家で翔太の無残な姿を発見したしばらく後、震える手で携帯電話を取り出し、警察に通報した。

あまりの絶望ですぐに行動することができなかったのだ。


「もしもし、警察ですか?弟が…弟が…殺されました…」


通報を受けた警察はすぐに現場に到着し、剛志を慰めるような柔らかい声で状況を確認し始めた。

「落ち着いてください。今からそちらに向かいますので、現場をそのままにしてお待ちください。」


数分後、パトカーのサイレンが近づいてきた。

赤い回転灯が暗い通りを照らし、数名の警察官が迅速に車から降りてきた。

現場検証が始まり、剛志はその間、警察官からの質問に答えながらも、頭の中は混乱していた。

制服を着た警察官たちは、慎重に現場を調べ、証拠を集め始めた。


「最初に現場を発見したのはあなたですか?」警察官が剛志に問いかけた。


「はい…弟と会う約束をしていたんですが、応答がなくて…」


「ドアを開けた時、何か異常に気づきましたか?」


「ドアは…開いていました。中に入ると、翔太が…」言葉が詰まり、剛志は声を震わせながら答えた。


「わかりました。現場の様子を詳細に教えていただけますか?」


剛志は目にした光景をありのままに説明した。

部屋の真ん中に横たわる翔太の姿、床に描かれた奇妙な模様、天井に刻まれたシンボル。

その話を聞いた警察官たちは、厳しい表情でメモを取りながら、さらに詳しい情報を求めた。


「これに、見覚えはありますか?」警察官が指差したのは、天井に描かれた二匹の蛇のシンボル。

剛志はそのシンボルを夢で何度も見ていたが、とにかく何でもいいから真実につながることなら話したかった。


「実は…夢で見たことがあるんです。何度も。」


警察官は一瞬、驚いたような表情を見せたが、次第に微妙な反応に変わった。「夢ですか…」


その反応を見て、剛志はそれ以上深く話すことをためらった。


「他の場所でも同じシンボルが発見されているんです。何か心当たりがあれば教えてください」


剛志は警察の言葉に驚いた。

自分が見た夢のシンボルが、他の場所でも発見されているというのだ。

しかし、夢の話を続けるのは避け、ただ首を振った。


調査が終わり、警察官が剛志に近づいてきた。

「宮崎さん、これで現場の調査は一段落しました。詳しいことはまだ言えませんが、何か分かり次第お知らせします。」


剛志はただ頷くことしかできなかった。

翔太の死の真相が少しでも明らかになることを願いながらも、自分自身で何かできることがないかと考えていた。

―――――


現場のテープを見つめながら、剛志は心の中で決意を新たにした。

「必ず真相を突き止めてやる…翔太、お前のためにも」剛志は深い溜息とともにその場を後にし、自分の車へと向かった。

彼の心の中では、翔太の死の真相を突き止めるための計画が練られ始めていた。

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