第1章 悪夢 :1-4 夢とシンボル

剛志は深い眠りの中で、不穏な気配を感じていた。

ここ2ヶ月間、彼は同じような夢に苦しめられていた。

最初はぼんやりとした印象だったが、最近ではその夢がますます鮮明になってきている。



夢の中、剛志は暗い森の中をさまよっていた。

木々は不自然にねじれ、葉の間から差し込む月光はかすかで、まるで全てが彼を飲み込もうとしているかのようだった。

足元の土は湿って冷たく、歩くたびにずぶずぶと沈んでいく感覚が彼を苛んだ。


突然、遠くからささやくような声が聞こえてきた。

その声は、まるで何かを警告するかのように低く、耳に響いてくる。

「来るな…やめろ…」剛志はその声に導かれるようにして歩みを進めた。

やがて、遠くに一筋の光が見えた。

剛志はその光を目指して歩き始めた。光

源に近づくにつれ、何か不気味な気配が強まっていくのを感じた。



光の正体は古びた祭壇であり、その中央には奇妙な模様が刻まれた石碑が立っていた。

石碑の前には、黒いローブをまとった人影が一人、何かを唱えている。

祭壇の周囲には、朽ち果てた木々が取り囲み、風が吹くたびにその枝がざわめく音が響いた。


剛志はその場に立ち尽くし、体が動かなくなった。

ローブの人物が振り返ると、その顔は影に覆われていて見えない。

ただ、彼の目に映るのは石碑に描かれた不気味なシンボルだけだった。

正方形の中に納まった2匹の蛇が絡み合うデザインであり、その蛇たちはまるで生きているかのように蠢いていた。

見ただけで不快感と恐怖が押し寄せてくる。



「またか…」剛志は心の中で呟いた。

何度も見るそのシンボルは、まるで彼の心を蝕むかのようだった。

蛇の目は赤く光り、絡み合う身体が徐々に剛志の方へと向かってくるように見えた。


突然、石碑の前に立つ人影がゆっくりと剛志に向かって歩み寄ってきた。

近づくにつれ、その姿が徐々に鮮明になり、やがてその顔が露わになる。

そこには、自分自身の顔があった。

驚愕と恐怖に包まれた剛志は、声を出そうとしたが、何も言えなかった。

目の前の「自分」は無言でこちらを見つめ、手を伸ばしてきた。



その瞬間、地面が急に崩れ、剛志は深い沼に引きずり込まれた。

足元はぬかるみ、泥が体を覆い尽くす。

必死にもがく剛志の周囲には、人の形をした腐りかけのバケモノが現れた

。彼らの顔には醜い笑みが浮かび、その目には悪意が宿っていた。


「放せ!ここから出してくれ…!」剛志は叫んだが、バケモノたちは無情にも彼の足を引っ張り続けた。

彼らの手は冷たく、粘つくような感触があった。

吐き気を催すようなその姿に、剛志は恐怖と嫌悪感を覚えた。


「お前も…落ちてしまえ…」バケモノたちは楽しげに囁いた。

彼らは自分たちには向上心がなく、ただ他者を引きずり落とすことだけに満足しているのだ。

剛志はそのことを理解し、絶望感が胸を締め付けた。

バケモノたちが楽しげに囁く声と、彼らの冷たい手に捕らわれ、剛志はもがき苦しむ。


「やめてくれ...。」剛志はバケモノたちに紛れている、己の顔を持つローブの存在に気が付いた。

まるで自分自身が誰かを引きずり落そうとしているような嫌悪感を感じながらも、その存在から目を離すことができない。

彼の目の前にいる「自分」は、冷酷な笑みを浮かべ、さらに彼を引きずり込もうとする。


「やめろ…!」剛志は心の中で叫んだ。

しかし、声は出ない。「自分」の手が彼の胸に触れた瞬間、強烈な痛みが走り、息ができなくなった。

胸を押さえつけられる感覚は現実と区別がつかないほどリアルであり、その痛みに耐えきれず、剛志は目を覚ました。



額には冷たい汗がにじみ、心臓は激しく鼓動していた。

時計を見ると、まだ夜明け前だった。

再び眠りにつくことはできず、彼はベッドから起き上がり、水を一杯飲んだ。


「一体何なんだ、この夢は…」剛志は呟いた。

彼はこの夢が何かを意味しているのではないかと感じていたが、その答えを見つけることはできなかった。

夢に現れるシンボル、その不気味な感覚、全てが彼を追い詰めていた。


剛志は冷たい水を飲みながら、夢の意味を考え始めた。

なぜこのシンボルが繰り返し現れるのか。

なぜ自分自身が誰かを引きずり落とそうとしているのか。

その答えを見つけることはできなかったが、何か重要な意味があることは確かだった。



朝が来ると、剛志は日常の業務に戻ったが、夢の中の映像は頭から離れなかった。

オフィスの照明が眩しく感じられ、同僚たちの声が遠くから聞こえるような気がした。

どこかでこのシンボルを見たことがあるのではないかという疑念が彼の心に芽生えたが、それが何なのかを思い出すことはできなかった。


「これ以上、この夢に悩まされるわけにはいかない。」剛志は自分に言い聞かせた。そして、翔太との約束を果たすために、次の土曜日を待ちわびながら、仕事に意識を向けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る