第1章 悪夢 :1-3 兄弟の絆

宮崎剛志は会社を後にし、夜の街を歩いていた。

冷たい風が頬を撫で、街灯の光が石畳の道を照らしていた。

車のエンジン音や人々の話し声が遠くから聞こえてくる中、剛志は一人、心の中のざわめきを抑えようとしていた。

頭の中には翔太との電話の内容が繰り返し浮かんでいた。

美咲のこと、直接会って話したいという言葉。

それは、弟がこれまで見せたことのない真剣な様子だった。


駅のホームで電車を待つ間、剛志はふと過去の思い出に浸り始めた。

翔太とのこれまでの関係、二人で乗り越えてきた日々が頭をよぎる。



翔太は剛志にとってただの弟ではなかった。

両親が交通事故で突然この世を去ってから、二人はお互いを支え合って生きてきた。

剛志は大学を卒業してすぐに仕事に就き、弟の生活を支えるために懸命に働いた。

翔太が高校を卒業し、大学に進学することを決めたとき、剛志は心から誇りに思った。


翔太は子供の頃から好奇心旺盛で、何にでも興味を持ち、夢中になるタイプだった。

剛志がパソコンを使って仕事をしていると、翔太はよくその傍で「これ何?どうやるの?」と質問攻めにしてきた。

初めは煩わしく感じることもあったが、次第にそれが兄弟の絆を深める時間となっていった。



「兄さん、俺も将来はコンピュータの仕事をしたいんだ。兄さんみたいに、色んなことを解決できるようになりたい。」翔太がそう言ったとき、剛志は驚きつつも嬉しく思った。

彼は弟が自分と同じ業種に興味を持ってくれたことを誇りに感じた。



大学に進学した翔太は、コンピュータ専攻を選び、一生懸命に勉強に励んだ。

剛志は自分の仕事が忙しくても、できるだけ翔太をサポートしようと努めた。

家賃や学費の一部を援助し、週末には一緒に食事をしながら話をする時間を作った。



「兄さん、今度の課題で、公開鍵暗号方式を使ったセキュリティシステムの実装をしなきゃいけないんだけど、ちょっと手伝ってくれない?」翔太がある日、そう頼んできた。

剛志は自分の仕事で疲れていたが、弟の頼みとあれば断ることはできなかった。


「もちろんだよ、翔太。いつでも相談してくれ。」剛志は笑顔で答え、翔太のパソコンの前に座り、一緒にコードを書き始めた。

翔太が真剣に学ぶ姿を見て、剛志は自分の疲れが吹き飛ぶのを感じた。



時が経つにつれ、翔太はますます優秀なプログラマーへと成長していった。

今年の3月には大学を卒業し、同じ業種に就職が決まっていた。

剛志は口には出さなかったが、弟が自分の跡を追ってくれることを心から嬉しく思っていた。


「兄さん、就職先が決まったよ。やっと一緒に働けるようになるんだ。」翔太がそう報告してくれたとき、剛志は涙が出るほど喜んだ。

二人で乾杯し、将来の夢を語り合った夜が、昨日のことのように思い出される。



翔太は常に明るく、前向きな性格だった。

どんな困難にも立ち向かい、諦めることを知らなかった。

剛志にとって、そんな弟の存在は励みであり、心の支えでもあった。


「翔太、お前は本当に凄いよ。俺なんかよりずっと優れている。自分の道を歩んで、もっと大きなことを成し遂げてくれ。」剛志はいつも心の中でそう願っていた。


そして今日、翔太は剛志に「美咲のことで相談がある」と言ってきた。

翔太が彼女について相談を持ちかけるのは、何か重大な問題があるからだろうと直感していた。

翔太がどんな問題に直面しているのか、そしてそれが彼にどれほどの重荷を与えているのかを知るすべはなかった。


しかし、剛志には自負があった。

どんな問題でも、二人で力を合わせれば乗り越えられるはずだと。今までもそうやって来ただろう?



自宅の最寄り駅の建屋を出た剛志は立ち止まり、夜空を見上げた。

星が瞬き、怪しく光る。彼の心の中で形なき不安が膨らむ。

「翔太、お前が何を悩んでいるのかはわからないが、俺が必ず助ける。お前は一人じゃない、俺がついている。」剛志は心の中で弟に呼び掛けたが、もしかしたら自らに投げかけられた言葉だったのかもしれない。

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