第1章 悪夢:1-1 カフェでの課題

木製のテーブルと椅子が温かみを感じさせる、大学近くの静かなカフェ「カフェ・ルミエール」。

その一角に、宮崎翔太、中村亮太、佐藤悠馬の三人が座っていた。

大きな窓から柔らかな夕日が差し込み、店内にはコーヒーの香りが漂っている。

壁には地元のアーティストによる絵画が飾られ、カウンターには色とりどりのケーキが並んでいた。

静かなジャズがBGMとして流れ、訪れる人々に安らぎを与えていた。

外の喧騒とは無縁のこの場所で、彼らは真剣な表情でパソコンに向かっていた。



三人は「京南大学」でコンピュータ専攻を受ける学友であり、よく一緒に行動を共にしていた。

今日も彼らは、学内でも偏屈と評判の情報処理の教授から提示された難解な課題に取り組んでいた。

この課題は、C++でデータベース検索アルゴリズムを最適化するというものだった。

特に効率的な二分探索木を用いた実装が求められていた。


「もう無理だ、翔太。この課題、全然分からん…」亮太が深いため息をつきながら言った。

「顧客IDで購入履歴を検索するところがエラーになるんだけど理由がわからない。」


「俺もだ。挿入操作を最適化しようとして、逆に遅くなっちゃって…。何度やっても思ったようにならないし、もう諦めたくなる。」悠馬も疲れた表情で同調する。


翔太は二人の様子を見て、優しく微笑んだ。「大丈夫、みんなで一緒にやればなんとかなるよ。俺が手伝うから、一緒に頑張ろう。」


翔太は自分のノートパソコンを開き、二人にわかりやすく説明を始めた。

彼の指はキーボードの上を軽快に踊り、画面には次々とコードが入力されていく。

「見て、ここが間違ってたんだ。ここは二分探索木を使った方がいいんだ。こう直せば、ちゃんと動くよ。」


亮太は画面に食い入るように見つめ、次第に困惑の表情が和らいでいった。

「なるほど、そういうことか。」彼の顔に少しずつ笑みが戻ってきた。「ありがとう、翔太。すごくわかりやすいよ。」


悠馬も頷きながら、パソコンの画面を見つめる。「確かに、この方法ならエラーが出ないはずだ。」彼の表情も徐々に明るくなっていった。「本当に助かったよ、翔太。お前がいなかったら絶対に諦めてた。」


翔太は微笑みながら二人にさらにアドバイスを続けた。「これを直せば大丈夫だけど、どうしてこうなるのかもせっかくなら理解しておいた方がいいよ。次に同じような問題が出た時に、また苦しみたくないだろ?」



二人は翔太の言葉に耳を傾け、彼の指導を真剣に受け止めた。

翔太は彼らが理解できるまで何度も説明し、時には図を描いて視覚的に理解させようと努力した。

亮太と悠馬はその説明を聞くたびにさらに理解が深まり、ついには前のめりになって翔太の言葉を一言一句逃さないように聞いていた。


「翔太、本当にありがとう。君の説明は分かりやすいし、やる気が出てくるよ。」亮太が感激の声を上げる。


「そうだな。お前の説明のおかげで、なんとかやり遂げられそうだ。」悠馬も同意する。


翔太は自分の課題を後回しにして、友人たちの課題を優先して手伝った。

情報処理は得意な科目だったが、それでも時間はかかる。

店員の冷たい視線に耐えながら夜遅くまで一緒に取り組み、ついに二人の課題は終了した。


カフェの中は次第に静まり返り、他の客も少なくなっていった。

照明は落とされ、店内は薄暗くなっていた。

カウンターの奥で店員が掃除を始め、閉店の準備をしている。

カフェ全体が一日の終わりを告げる静寂に包まれていた。



「翔太、お前の課題は大丈夫なのか?」亮太が心配そうに尋ねる。


翔太は疲れた様子を見せずに笑顔で答えた。「俺のことは気にするな。みんなで一緒にやるのが一番だよ。自分の課題は何とかするから。」


翔太の自己犠牲と友人を思いやる姿勢が、彼の人間的な魅力をさらに際立たせた。

彼は常に友人を優先し、困ったときには自分を後回しにしてでも助けることを惜しまなかった。亮太と悠馬は、その姿勢に深く感謝していた。



「そういえば、翔太。お前の就職先、兄さんと同じIT業界だよな?」亮太が話題を変えた。


「うん、そうだよ。兄さんみたいになりたくてね。」翔太は少し照れくさそうに答えた。


「兄弟で同じ業界なんて、なんかいいよな。俺も家族に自慢できるような仕事に就きたいもんだ。」悠馬が羨ましそうに言った。


「俺も兄さんのことは尊敬してるんだ。だから、同じ業界で働けるのは誇りだよ。」翔太は微笑みながら、兄に対する感謝の気持ちを語った。



「閉店時間ですので、お会計をお願いします。」店員が三人に声をかけた。


「せめて俺らに会計させてくれよ」悠馬は伝票をつかんでレジへ向かった。

彼の顔には感謝の気持ちとともに、友人のために支払いをすることをむしろ喜んでいるような表情が浮かんでいた。

亮太も笑顔で同意し、「今回は俺たちに任せてくれよ、翔太」と言った。



会計を終えた三人はようやく店を後にした。冷たい夜風が肌を刺すが、三人は互いに温かな笑顔を交わしながら別れた。


「今日は本当にありがとう、翔太。」亮太が感謝の言葉を口にする。


翔太は笑顔で頷いた。「気にするな、俺たちはチームだろう?」

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