第4話 6年前
家についた。鞄から鍵を取り出して戸を開ける。階段を登り自室でTシャツと長ズボンに着替え、台所へ向かう。冷えた麦茶を何故か飲み一息ついたあと、座敷に移動した。八畳の空間で、畳はすっかり日焼けしており、床の間には何だこれ、川が描かれた掛け軸が吊り下がっている。
俺は部屋の隅に敷かれた座布団の上に正座する。
目の前には、リンの仏壇がある。
リンは2つ下の俺の妹で6年前に車に轢かれて死んだ。
今日とは間反対の蒸し暑い夏の日だった。
誰もいない、誰も来ない穴場の時間を見つけた俺らは2人だけで公園で遊んでいた。
誰もいない公園は俺とリンの心をワクワクさせた。
「見て見て!お兄ちゃん!」
「何?」
「片足上げブランコ。」
「お前運動神経悪いんだから止めとけって」
「何をぉ?私だってスポーツテスト10のヤツあるもん!」
「柔軟はナシな?」
「そ、そんな……」
「運動神経関係ないじゃん。」
「くそう。これはゆゆしき事態です。」
俺は思わず吹き出した。
「難しい言葉知ってるな?」
「テレビで見たの」
にへらと笑いながら言うリンに、俺も微笑んで「そっか」と返した。
「だけどゆゆしきって使い方違うだろ?」
「いいじゃん!細かいことは!」
ブランコから降りたリンはベンチに向かいボールを持ってくる。
「サッカー勝負を仕掛けるよ!お兄ちゃんに!」
「お前が?あのへなちょこシュートのお前が?」
「進化してるから!私のシュートは火をまとうから。」
「大きく出たな。」
「食らえ!ダイナミックファイアーシュート!!」
と大きな声をあげて蹴るリン、だったがそのシュートは前には行かず後ろにコロコロと転がる。
その姿は可愛らしくて俺は笑う。
「わ、笑うにゃ~!」
「猫ですか?」
「くそう。もう1度見せてやる!」
「いいよ。何回でもこいよ。」
「じゃあまずボール取りに行かないとな?」
「あ、あんなとこまで!」
「俺が取ってくるわ。」
「いいよ。私がとる!そしてすぐスーパーシュートしてあげるから!」
たぶんそこが最後の分岐点だったのだと思う。あのとき、それでも俺がボールを取りに行けば、リンを行かせなければ………
それはあっという間の出来事だった。車の通りがほとんどない通りに白い高級そうな車がゆらゆらと凄いスピードでリンに向かい……
「リン!」
その後のことは良く覚えてない。必死に大人の人を呼んで助けてください、助けてくださいと何度も言った。だが。
その翌日、リンが死んだ、ということを伝えられた。不幸中の幸いなのか、リンは即死だったらしい。もしあのとき、ボールを取りに行くのが俺なら。そもそも公園、人のいない公園に何か遊びに行かせなければ。
きっと、リンは今も生きていた。
「……………」
線香を立てて鐘を鳴らす。誰にも出せない反省文が脳内で延々と綴られた。
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