第3話 蜃気楼のシュート

無駄金を使った後はいつも通り机に顔を伏せた。そして帰りのチャイムがなると同時に教室を後にした。


「寒」


電車の中の暖房から解き放たれた外の温度は異常なくらい寒かった。

しんしんと降る雪と滑りそうな道、道路の白線を辿りこの道を進んだところにある個人経営のカフェの脇を通り、シャッターが閉まりっぱなしの肉屋を過ぎた辺りに、俺の家がある。

まだ冬も始まったばかりだというのに、もう雪が積もっている。また掃除しないと。しんしんと降る雪を見上げた。その時だった。1人の少女が、視界の端を掠めた。

ハッとして立ち止まり俺は目を見開く。

野球帽の似合わない可愛らしい顔、帽子から飛び出したポニーテールが揺れる。ダボダボのタンクトップにショートパンツというスタイルのくせに色は真っ白、焼けた後はまるでないだが不健康な白さではなく少女らしい健康的な白さだった。遠目でも分かるほど履き古した赤いシューズは少女のトレードマークだった。


「お兄ちゃん!一緒にサッカーしよ!あ、その顔、私が前ボール蹴ろうとしてからぶって転けたこと馬鹿にしてる顔でしょ?」


彼女はにこやかに笑っている。屈託のない笑みが浮かんでいる。妹のリンだった。


「あのね、お兄ちゃん。私めちゃくちゃ練習したんだよ?もうお兄ちゃんじゃ私のシュートは止められないよ?シュシュシュート!えへへ!」


リンに教えてやりたい。お前のシュートはそんなに強くないって。高校生になった今ならもっといいシュート打てるかもしれないと。でもそれは叶わない。身体は金縛りにあったみたいに固まって声すら出なかった。心臓だけが暴れるように動いていた。


「どうしたの?じっとしちゃって?あ、馬鹿にしてるな!じゃあシュートしちゃうぞ!ほら!」


リンが打ってきたシュートは俺の目の前でまるで蜃気楼のように消えてなくなる。そしてリン自体も何処かへ居なくなっていた。

吐きそうな気分を押さえながら俺は家へと走り出した。

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