9・大アルカナ〈Ⅺ〉〝正義(ジャスティス)〟正位置

 銃声と共に篠原が吹き飛ばされる。

 同時に、真横から別の銃声が起きた。

 撃たれたのは刑部だった。脳を吹き飛ばされ、ヘッドライトの薄明かりの中に血飛沫が舞う。

 発砲は森の中からだった。

 笠木は身を屈めて銃を抜いた。

 高山は純礼を庇うように前に出ている。

 森から声がした。

「ウツナ!」

 真っ黒な服装の大柄な男が姿を現した。手にしたライフルの銃口から薄い硝煙がもれている。暗視スコープを装着していた。

 両手を上げ、肩ベルトにぶら下がった銃が空を向く。

 笠木が緊張を解く。

「トビーか⁉ なぜここに⁉」

 トビーの背後に、さらに男たちが続く。

「群長、置いてきぼりはないでしょう。タイミングを測りかねて出遅れましたが、間に合ってよかった」

 高山が篠原を助け起こそうとして、叫ぶ。

「篠原さん!」

 しかし篠原は、ゆっくり立ち上がって胸を擦った。その指先で、何かを引き剥がす。

「熱っ!」

 高山が肩を貸す。

「大丈夫ですか⁉」

「息が……苦しいです……。実弾を使うとはね……。用心しておいてよかった……」

 篠原が投げ捨てたのは、潰れた銃弾だった。

 篠原は、苦しげに前屈みになっている。

 彼らは全員、ジャケットの下に防弾ベストを着用していた。それを知らない刑部が、殺すつもりで発砲したことは明らかだ。

「頭を狙われていたらどうするんですか⁉」

「命はなかったですね……でも……素人が当てられる的じゃないでしょう?」

「だからって、無茶を」

「ヘタに逃げようとしたら……どこに当たるか分かりませんから……。銃口の向きぐらいは……確認してましたよ」

 笠木が言った。

「車で待っていてください。こいつらに話があるので」

 高山がうなずく。

「ごゆっくり」

 篠原は高山に支えられながら、純礼と共に遊撃車の後席に乗った。

 運転席に入った高山がエンジンをかけ、バックで道路に戻る。

 笠木はトビーと行動を共にしていた3人を見た。

「朝倉! なんで追ってきた⁉」

 朝倉と呼ばれた男は、悪びれもしない。

「あれ? 申請書類、見てないんですか? 自分は単なる休暇ですよ」

「そんなもの、いつ出したんだ!」

「トビーとやり合った後です。さすがに疲れましたから。あ、受け取ったのは〝現所長〟でした」

「つまらない言い訳を……。それに、どうして他の部下まで⁉」

「こいつらは……あ、いえ、自分1人だけで来ました。軽症の隊員は全員研究所内で治療中です。万が一にも、指示に反いて勝手に〝前所長〟を追いかけたりなんかはしませんって」そして、ニヤリと笑う。「あれあれ? まさか自分の他に誰か見えたりしていませんよね? 『幽霊がいる』なんて言い出さないでくださいよ。自分、そういうの苦手だし、ここって真っ暗な山の中だから、いかにも出そうだし」

 朝倉の後ろで、2人も笑いをこらえていた。

 笠木も諦めたようにため息をもらす。

「困ったバカどもだな……」

「〝前所長〟の厳しい教育の成果でしょうか」そして真顔に戻る。「自分たちにだって、元所長に返さなければならない恩はありますから」

 笠木は何も言い返せなかった。

 笠木がトビーを見る。

「で、お前はなぜここに? 〝あれ〟は『PMCの手を借りた夜間合同訓練』だったとして〝慰労会〟をやってるはずだが。まだちょっかい出してくるつもりじゃ……」そして刑部の死体を見下ろす。「それなら、殺しはしないか」

 特戦群と戦ったメンバーのほとんどは、投降して研究所で拘束されているはずだった。

「クライアント ノ タノミ。ソシテ コレ」

 進み出たトビーが手渡したのは、小さなタブレットだった。GPSの受信機らしく、周辺の地図の中に赤い光点が表示されていた。

 朝倉が代わって説明する。

「PMCは方針を変えました。今後は朝比奈さんには一切手を出さないそうです」

「ウォール街に泣き付かれたか? とはいっても、効果が早すぎるような……」

 朝倉が苦笑する。

「〝オペレーション戦術核〟って……厨二病ですか?」

「だが、面白いだろう?」

「確かに、なんのことやら想像もできない作戦名ですけどね。ですが、〝核〟が炸裂する前から激しい動きがありました。ネクストチップスにペンタゴンからキツイお叱りが入ったようです」

「なるほど、インド太平洋軍司令官の一声か。あちらさんにも少しは常識人が残っていた、ってことだな」

「自衛隊はいまだに米軍の一部のようなものですからね。それだけに、中国を牽制ためには不可欠です。しかも日本の産業界が腹を立てて中国に戻ろうものなら、またぞろ核心技術を抜かれてしまいます。勢力地図を描き直さなければいけなくなります。そんなの、軍人ならもうウンザリです」

「だったら、あのバイク軍団はなんだ?」

「国務省はネクストチップス側ですからね。中国べったりの官僚もまだたくさんいるはずです。リベラル官僚どもを黙らせるのに時間がかかったんでしょう。どんなスキャンダルを持ち出したんだか……。それでネクストチップスもようやく観念したわけです。薬師寺との関係を断ち、直ちに別荘地から追い出すそうです」

「ダカラ ウッタ」

 篠原が確認する。

「CEOの指示か?」

「ソウダ」

 朝倉が補足する。

「今後は薬師寺に協力しない証として刑部の処分を引き受けた、と」

「詐欺師に関わっている噂を消したいんだろう?」

「核兵器の副産物、ですかね。タブレットの表示が薬師寺の現在位置です。ゴルフ場だそうですよ」

 笠木がトビーを見つめる。

「ついでに薬師寺も片付けてほしいが?」

「ソレ メイレイ ナイ」

 PMCにとっては、これも〝仕事〟なのだ。命令がなければギャラも発生しない。ギャラがなければ危険は冒さない。

「自分たちで始末をつけろ、と?」

 トビーはそれ以上答えない。

 朝倉が肩をすくめる。

「ここが妥協点なんでしょう。この先は好きにしろ、ということらしいです。それとも、CEOが薬師寺を怖がっているのかもしれません。なんだか化け物じみた能力を持ってるらしいんで」

「そんな話、他じゃするなよ」

「やだな、自分、これでも自衛官なんですよ」

「で、これからどうするんだ?」

「あ、自分は休暇中なんで、ゴルフでもしようかと思っています。っていっても、行きたかったゴルフ場は倒産したばかりで、中国資本が買い取ることになってるそうですけど。興味があるんで、行って確かめようかと」

 笠木の視線がトビーに向かう。

「貴様ら、一緒に追ってきたのか?」

「まあ、トビーとは積もる話もありましたしね。なので、こんな裏話も耳打ちしてもらえたわけです」

「信じられるか?」

「こいつらは民間人ですから、金にならない荒事に手を貸すはずはありませんよ」

「了解。で、車はあるんだな」

「特攻車で来ました」

「なんだと⁉」

〝特攻車〟は、特戦群内部での愛称だった。正式名は『特殊素材実験車両05式』となっているが、そう呼ぶ人間は特戦群には皆無だ。

 見た目は普通の大型SUVだが、中身は全く別物だ。特殊装甲と大量の武器弾薬を収容した、遠隔運転が可能な戦闘用車両だった。セルロースナノファイバーを基盤とした複合材料ボディを持ち、高い強度と軽量化を実現させた実験的〝装備〟だ。

 東日本大震災後に無人となった広大な土地を利用して、民間企業とのタイアップで密かに開発されてきた車両だった。研究所は参画企業にとっても、自動運転システムと強化素材の実験場として重宝されていた。

 特に植物由来のセルロースナノファイバーは鋼鉄の5分の1の重量で5倍ほどの強度を持つ、先進素材だ。その優位性によって特攻車内部には広大な武器収納スペースが確保されている。特戦群のボディスーツにも一部取り入れられ、抜群の防弾性能を発揮していた。

 しかしそれはまだ、〝企業秘密〟として公開されていない。

 朝倉がわざとらしく、しかめ面を見せる。

「大事な秘密兵器だとは承知していますが、悔しいことに、トビーに盗まれちゃって……。〝慰労会〟で油断してたんですね。自分も呆気なく人質にされちゃいました。自分らはたかだか〝武装公務員〟ですから、筋金入りの軍人とは雲泥の差があります。さすがシールズ上がり、格が違いますよね」

 トビーも傍で笑いをこらえている。

 だがこの小学生並みの言い訳が、日米の公式見解となることは明らかだった。しかもそれが一般に公表されることは、ない。

 日米安全保障体制を維持ためには、過去にもさまざまな軋轢が隠蔽されてきたのだ。

「貴様ら、本当に手がつけられないバカだな……」

「だって実戦でしょう? 貴重な経験です。群長だって『学べる機会は逃すな』って言っていたじゃないですか」

 笠木は反論できなかった。

「まあこれも、訓練として処理されるのだろうな」

「でしょう? なので、自分も訓練への参加を希望します」

 と、トビーが言った。

「マタナ」

 そして、刑部の死体を引きずりながら森の中に姿を消した。

 朝倉が説明する。

「仲間のバイクが森の中に隠してあるそうです」

 そして、2人の特戦群隊員も背後に消えた。

 朝倉は、刑部が使ったベンツに乗り込む。

 再び大きなため息をもらした笠木は、遊撃車の助手席に入った。

 運転席には高山がいる。

 笠木が後席を覗き込む。

「篠原さん、大丈夫ですか?」

「もう平気です。話は聞きました。行くんでしょう?」

「行きたいんでしょう?」

「ここで取り逃すと、朝比奈さんが狙われ続けます。数人分の特殊技能を身につけたテロリストを野に放つわけにもいきません。薬師寺が小編成の特殊部隊に相当することは思い知りました。最悪でも危険の消去、できれば逮捕拘束を」

「それ、逆ではありませんか?」

「〝危険の消去〟が最優先されるなんて、警察官の僕が公言できるわけないじゃありませんか」

 笠木は純礼に言った。

「占いでは、なんと?」

 純礼の手には1枚のカードが握られている。

「〝正義〟正位置です。正しい結末が訪れます」

「あなたは部下が守ります」

「はい。ですが、ぜひ近くで確認させてください。正義が行われるなら、見届けなければなりません」

「無理はなさらずに」

「それがカードが示す使命であり、わたしの宿命なのです。逆らうことはできません。行かなければならないんです」


       ※


 薬師寺の居場所を示す光点は全く移動していなかった。市街地からやや離れた、森に囲まれた地域だ。

 新たな買い手を待つゴルフ場までは、20分もかからない距離だった。しかし篠原の依頼を受けたシナバーは、その短時間でクラブハウスへのハッキングを完了させていた。

 シナバーはすでに特戦群の電子戦班の絶大な信頼を得て、臨時の〝班長〟に指名されていたのだ。

 公務員である自衛官は、その採用にも制約が多い。海外の軍隊では、犯罪に手を染めたクラッカーでも、有能であればサイバー部隊に登用することが可能だ。むしろ、〝犯罪者〟を積極的に物色しているといっても過言ではない。

 能力がずば抜けていれば、破格の報酬で雇われるホワイトハッカーも存在する。それはサイバー空間が、天才1人で数万人の〝五毛党〟を燃やし尽くすこともできる世界だからだ。

 価値は、実力が決める。

 しかし日本の硬直した官僚組織では、機動的で柔軟な運用は極めて難しい。〝破格の報酬〟が提示できけなれば優秀な人材は民間に奪われるし、基礎知識すらおぼつかない無能な政治家や官僚が指揮権を振えば創意も削がれる。

 特に、サイバー空間にまで〝専守防衛〟を強要してきた自衛隊には、攻撃と一体化した防衛意識を育てる土壌がなかった。必然的に、最前線で戦えるセンスを持つ人材は枯渇していたのだ。

 だから特戦群は以前からシナバーに注目していた。警視庁での実績は、行動が型破りなだけに否が応でも耳に入る。朝比奈純礼の警護案件は、特戦群にとっても渡りに船だったのだ。

 シナバーは研究所に着くなり電子的な模擬戦闘を申し込まれ、勝ち続けた。電子戦班の穴を巧みに突き、プログラムの欠陥すら暴き出した。その戦闘はたった数時間で班員たちの頭脳を根底から組み換え、その能力を格段に底上げしてしまった。

 受験秀才のクラシックピアニストをいきなりジャズセッションに加えても、おそらく指は硬直する。しかし音楽の基礎が出来上がっている者たちが数時間共に過ごせば、リズムやグルーブが同調して新たな地平を開くこともある。

 シナバーはただ夢中に戦うだけで、それを成し遂げたのだ。

 城明紀との電子戦は、シナバーの発想を注入することで凌ぐことができたのだった。秘匿情報を奪取されたのは、数多く残っていた穴の1つを塞ぐのが遅れたからにすぎない。シナバーの柔軟性が加わらなければ、特戦群は初手から遅れをとったまま、ずるずると敗退を続けただろう。

 薬師寺との対決――すなわち第2の〝城明紀〟との決戦をシナバーが仕切ることは、班員の総意だった。

 しかも民間ゴルフ場のセキュリティは、自衛隊から見ても〝存在しない〟も同然の緩さだった。中国資本の買収が確実になっていたために、ゴルフ場全体の管理体制が営業時のまま維持されていたことも有利に働いた。

 電力などのインフラも遮断されていない。

 シナバーの素早いシステム走査と監視カメラ映像奪取によって、クラブハウス周辺からは無数の〝罠〟らしいものが発見されていた。詳細はすでに笠木に報告され、現場で対処法が練られている。

 そればかりではなく、薬師寺自身までがリアルタイムの映像で確認できていた。

 薬師寺は営業時と変わらない状態のレストランの中心に座り、ラップトップの監視カメラ映像を見つめていた。穏やかな笑みさえ浮かべていた。

 明らかに、自分が居場所を特定されていることを知っている態度だ。

 複数のプロフェッショナルの人格によって組み上げた罠に自信を持ち、篠原たちがやってくるのを待ち構えているのだ。

 その罠に、PMCの武器やノウハウが詰め込まれていることは確実だ。傭兵を手駒にすることは封じても、彼らが持ち込んだ武器が〝奪われる〟ことまでは止められない。PMCが『盗まれた』と主張すれば、ネクストチップスが〝約束を破った〟と証明するのは困難だ。

 薬師寺はまさに、完全武装のワンマンアーミーと化していた。

 当初篠原たちは、警官隊を突入させることも検討した。だが、いたずらに犠牲者を増やすわけにはいかない。

 ネクストチップスもPMCも、もはや関わりを持っていない。それは実弾を使用されようと、彼らは関知しないということを意味する。正面から機動隊を突入させれば、死者は1ダースでは効かないだろう。

 事件の隠蔽も、不可能になる。

 マスコミに被害を暴かれれば、薬師寺の暴走を許した警察の無力が非難される。多重人格者の異常性まで知られれば、日本全国をパニックに陥れかねない。

 警察には遠巻きにゴルフ場を封鎖する任務だけを与え、クラブハウスから遠ざけるしかなかった。

 篠原は、薬師寺の自信を軽んじる気はなかった。

「朝比奈さん、あなたはやはり別行動の方が安全でしょう」

 純礼は言った。

「それこそが薬師寺の罠だったら? 誰がわたしを守ってくれるんですか?」

「彼はゴルフ場にいます。彼に協力する傭兵も、もういません」

「別の協力者がいないという保証は? こちらも少人数なのに、分散させるんですか? 薬師寺はどんな罠を仕掛けているか分からないんでしょう?」

「罠は調べ出しました」

「それで全部だという確信がありますか?」

「だからこそ、あなたを現場に連れていくわけにはいかない」

「わたしは行かなければならないんです。それが宇宙の意志ですから」

「またそれですか……」

「タロットはただの生業ではありません。わたしの生き方そのものなんです。自分を裏切ることはできません。それに、わたしには危害が及ばないという結果が出ていますから」

「僕にも、あなたを守るという使命があります」

「それは建前でしょう?」

 篠原の目が厳しさを増す。

「何をおっしゃりたいのですか?」

 純礼も引かない。

「わたしは、わたしがこの国にとって危険人物になりうることを知っています。だからあなたは、薬師寺を止めることを命じられた。薬師寺がわたしの全てを奪えば、国家の根幹がテロリストの手に握られてしまうからです」

「だから?」

「それが難しいなら、次善の策を指示されているはずです。朝比奈純礼の命を奪うこともためらうな――と。わたしが死ねば、国家機密に関わる知識は封印できるでしょうから。違いますか?」

 篠原は諦めたように言った。

「誰がそんなことを言ったんですか?」

「カードが。隠し事を暴く力があることはご存じですよね?」

「しかし――」

「はっきり言いましょうか? わたしがこの場を離れたら、護衛に付く誰かに殺されるかもしれない。それを恐れているんです」

 自分が護衛役だと思っていた高山が叫ぶ。

「まさか!」

 純礼は篠原を見つめたままだ。

「篠原さんは、高山さんがそういう命令を受けていないと断言できますか?」

 高山が反論しようとするのを、篠原が制する。

「僕は、高山さんを信じています」

「それでも、公務員でしょう? 例えば警視総監から密かに指示されていたら、断れますか?」

「それは――」

 高山は憮然と言った。

「警官が人を殺めるはずはない!」

 純礼が不意にほほえむ。

「あなたがそんな人ではないことは分かっています。でも、確実にわたしを守れる保証はありますか? 仮に近くの警察署に保護を求めても、そこの職員が薬師寺の手下になっていたら危険は変わりません。薬師寺の力は、わたしでさえ読みきれないほど底が知れません。逆に、薬師寺は生きたままのわたしを必要としているんでしょう? だとしたら、薬師寺に近づくほど安全なわけです」

 篠原が言った。

「それも占ったんですか?」

「能力を奪われた後に、どうせ殺されるのでしょうけど。それとも、ただ殺すだけでも構わないのか……なぜかそこまでは見えませんが、だからこそ薬師寺の末路を確認したいんです。今はまだ、死にたくありませんから」

 笠木が結論を下す。

「ご一緒していただく他ないでしょう。戦力を分散する余力はないし、時間も少ないようです。状況を〝隠蔽可能な範囲〟で終了させたいなら、ですが」そして、笑いながら付け足す。「朝比奈さんの占いがあれば、薬師寺の先回りもできるかもしれませんしね」

 篠原には笠木の言葉が本心だとは思えなかったが、緊張を和らげようとしていることは理解できる。

 天性の指揮官の才覚だ。

 篠原は言った。

「この人数で充分だと思いますか?」

「まだ隠された罠もあるかもしれませんが、PMCが付いていないなら負けることはないでしょう。自分たちは精鋭部隊です。少人数のゲリラ戦の訓練も重ねてきました。相手の実力がSAT程度なら、たとえ数が10倍でも組み伏せて見せます」

「だったら、行くしかないですね。ここで決着をつけないと、また同じことの繰り返しになりかねませんから」

「了解です」

 篠原はすでに、研究所で電子戦班を指揮するシナバーからの連絡を受けていた。

「あと10分ほどで下準備が終わるはずです」

 笠木がヘッドセットに命じる。

「作戦開始は10分後」

『了解』

 森に隠れながら先行した隊員たちは、すでにクラブハウスに肉薄していた。彼らは特攻車の武器庫に格納されていた装備で武装している。シナバーが報告した森の中の罠を巧みに避けながら着実に進み、配置を終えようとしていた。

 空が白み始めていた。

 タロットを手にした純礼が言った。

「カップの9の逆位置……ギリギリでしょうか。神頼み、かもしれません」

 高山がぼやく。

「こんな時ぐらい安心できるカードを引いてくださいよ……」

 篠原は動揺しない。

「いいじゃないですか、ギリギリでも勝てさえすれば。オカルトが相手なら、きっと神様も力を貸してくれますって。さあ、準備を!」

 そして、最後の〝状況〟が動き始めた。

 篠原らが行動を起こす直前に、薬師寺は警備室に移動して監視カメラ画像を全て遮断したのだ。

 ゴングが鳴った。

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