居候さんと最初の夜。

お母さんからの電話が終わると部屋は静寂に包まれた。とりあえず食器を洗ってからもう一度叢雲さんの正面の席に座った。

「テレビでも見る?」

「大丈夫です。」

「お菓子とかどう?」

「お構いなく。」

「なにかゲームする?」

「結構です。」

何を言っても叢雲さんの反応は薄い。私はジュースをコップに注いでそれを叢雲さんの前に置いた。

「叢雲さん。少しお話しよう。」

「......はい。」

「とりあえず何か事情があるんだよね?」

叢雲さんが頷く。

「わかった。じゃあ私からは特に聞かないから。話して楽になるなら話は聞くよ。」

叢雲さんは再び頷いた。

「あとは....朝は7時に朝ご飯食べるからその位に起きてきて。夜ご飯は今日は早かったけどいつもはこの時間くらいに食べるから。あ、苦手な食べ物とかアレルギーがあったら言ってね。お客様用の布団とかないから今日は私のベッドで寝てね。使ってない部屋があるからそこに荷物は置いちゃっていいよ。えーっと他には......」

「あの!」

叢雲さんは声を上げた。

「どうして?」

「どゆこと。」

「どうして見ず知らずの私にそんなによくしてくれるんですか。いきなり押しかけて来たのに。」

「さっきも言ってたよね、それ。それにいきなりってのは私のお母さんの伝達ミスだし、別に見ず知らずってわけでもないんじゃない?一応クラスメイトなんだし。」

「でも。事情だってお話してないのに。」

「特に理由はないよ。強いて言うなら将来家庭を持った時の練習かな。事情は言いたかったら聞くけどね」

「......優しいのですね。」

「そんなことないよー。」

自分を優しいなんて思ったことはなかった。お人好しとは言われたことあったけど。

「とりあえず半年間よろしくね。叢雲さん。」

「......よろしくお願いします。」

「よろしくねー。握手ー。」

叢雲さんの手を無理やり握って振る。すぐに手をほどかれたけど。

「結弦葉さんって変わった人ですね。」

「えー?そうかなぁ。」

そうして私と孤高の少女の共同生活が始まったのでした。



「叢雲さんって頑固だよね。」

「いいえ。結弦葉さんの方が頑固です。」

共同生活初日の夜。私たちはいきなり言い争いをしていた。

「ベッド使っていいから。」

「いいえ、結弦葉さんが使うべきです。」

「お客様なんだから。私はソファーで良いから。」

「居候の身でベッドを奪うことなんてできないです。」

内容はベッドの譲り合いだ。お客様をソファーで寝させるわけにはいかない私と居候だからベッドを奪えないと主張する叢雲さんで言い争っている。結局話がまとまらないまま寝る時間になってしまった。

「じゃあ、おやすみ、叢雲さんっ。」

私の部屋まで叢雲さんの背中を押して進ませた。

「わ、わかりましたから!」

「わかってくれた?」

「半分。半分だけお借りします。」

「叢雲さんがそれでいいならいいけど。」

「と、とりあえず着替えてきますから。」

叢雲さんは私の横を通り抜けて叢雲さんの荷物が置いてある部屋に行ってしまった。パジャマにでも着替えてくるのかな。


 しばらくベッドに座ってエアコンを効かせながら待っているとドアが開いた。

「お、お待たせしました。」

そう言って入って来た叢雲さんの服はいわゆるネグリジェ、それもシースルーの部分が多いものだった。

「叢雲さんってそんな服着るんだ。」

「何ですか。おかしいですか。」

「怒らないでよ。かわいくて似合ってるよ。」

「っ。そうですか。早く寝ましょう。明日も学校ですし。」

「そうだね。」

ベッドに入った。シングルベッドなので二人で寝ると少し狭い。

「狭いね。」

「そうですね。」

「今からでもソファーに行こうか?」

「行くなら私の方がドアに近いので私が行きます。」

「よし。寝ようか。電気消すよ。」

「もう........」

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

いろいろ疲れていたのもあって私はすぐに眠りに落ちた。


 


(不思議な人。)

私の結弦葉さんへの第一印象はそれだった。クラスは一緒だったが話したことはなかったので今日が結弦葉さんと関わった初めての日だ。居候することを知らなかったようなのに私を家に上げてくれてシャワーまで貸してくれてご飯まで作ってくれた。あまつさえベッドまでも譲ろうとしてきたのにはさすがに優しすぎないかと懐疑心が出てきてしまった。これは私のだめなところだ。結局ベッドを半分だけ借りることになったけど私の心臓は乱れることはなくいつも通りトクン、トクンと鳴っている。他人に対して過度な恐怖心を抱いてしまう癖がある私にとってこれは珍しいことだった。そんなことを考えていると横で寝ている結弦葉さんからすやすやと寝息が聞こえてきた。いくらエアコンを効かせていても近い距離なので暑くはないのだろうか。



朝、エアコンで冷えてしまった体を毛布で温めようと手で毛布を探していると横に人がいることを思い出した。目を開けると横には天使と見紛うくらいの美少女が目を閉じてすやすやと眠っていた。髪が光に照らされて深い青の髪が宝石のように輝いている。起こさないようにそっとベッドから下りて朝ご飯とお弁当を作るためにキッチンに向かった。


ベーコンエッグを作っているとリビングのドアがガラガラと開いた。叢雲さんはネグリジェ姿のままだ。

「おはよう。服汚しちゃうと嫌だから部屋着か制服に着替えてきて。」

「.....ん。」

叢雲さんはUターンして着替えに行った。ちょうど朝ご飯の支度ができたのでテーブルに並べておく。お弁当箱にもおかずを詰めて少し冷ましておく。

 ちょうど私が席に着いたタイミングで制服を着た叢雲さんが戻って来た

「いただきます。」

「いただきます。」

叢雲さんも私の正面に座って手を合わせた。叢雲さんは眠いのかぽけーっとしていていつもの覇気がない。目も焦点が合っていないようだ。

「眠いなら顔洗ってきたら?」

「そうですね。顔洗ってきます。」

ご飯の途中だが叢雲さんは顔を洗いに席を立った。


 顔を洗った後の叢雲さんはシャキッとしていつも通りの叢雲さんに戻った。


「さ、そろそろ学校行こ。」

「はい。」

食器を洗ってる間に叢雲さんに先に学校に向かってていいよと伝えたが待っててくれていたので一緒に家を出た。

「あ、そうだ叢雲さん。」

私は背負っているリュックから財布を取り出して鍵を一つ取り出した。

「これ家の鍵だから渡しとくね。」

「ありがとうございます。」

「無くさないでよー。うちの管理人さんうるさいから。」

「はい。」

叢雲さんもその場でリュックからポーチ的なものを取り出してその中に鍵をしまった。







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