いけない、あの感動的なエリザルートを思い出し、つい興奮してしまった。

 ともかく、エリザをエレシアと王子から引きがす必要がある。

 俺は柱に寄りかかりつまらなそうにしているエリザの下へ向かう。

 涼しげで可愛らしいワンピースに身を包んでいることから、王子と会うにあたって目一杯お洒落しゃれしてきたとわかる。

 そんなエリザの邪魔をしてしまうと思うと胸が痛むが仕方がない。

 でも大丈夫だ。

 君は五年後、主人公と出会い本当の恋に落ちる。

 誰もがうらやむ大恋愛をする。

 だからどうか、今は耐えてくれ。

 まぁ……主人公が五人のヒロインのうち誰を選ぶかはわからないけど、それは置いておいて。


「久しぶりだねエリザ。元気だった?」

「……?」


 俺の声に振り返るエリザ。そしていぶかしげにこちらを見つめて……。


「いや誰よ?」

「俺だよ俺。リュクス・ゼルディア」

「は? アンタがあのリュクスぅ? へぇ、随分雰囲気が変わったじゃない」


 ニヤニヤしながら俺を値踏みするような視線をぶつけてくる。

 普通なら気分を悪くするところだが、相手があのエリザならそんなことはない。

 あこがれのゲームキャラ。しかもヒロインだ。

 どんな態度をとられても「あ、これゲームで見たやつ!」という感動につながる。

 むしろ「ああエリザならそうするよね!」って解釈一致過ぎて興奮すら覚える。

 ああ俺って今、本当に『ブレイズファンタジー』の世界にいるんだな。


「っていうかアンタ、あのキモい魔眼はどうしたのよ?」

「実は封じ込められることがわかってね。最近はこうして普通の目にしているんだ」

「あっそう。もっと早くできていれば、みんなに嫌われることもなかったのに」

「あっ……ああ」

「は? 何よ?」

「心配してくれていたんだね……なんて優しい」

「はっ!? はあああああ!? アンタの心配なんて誰もしてないんですけど!? ニヤニヤしてんじゃないわよ!」

「うんうん」

「だからニヤニヤすんなって言ってんのよ!」

「痛っ……やったぜ!」

「ねぇ。思わずたたいちゃったけど、アンタ本当に大丈夫? 一緒にうちの領地のお医者様のところに行く? 怖いならついて行ってあげてもいいわよ?」


 おっとテンションが上がり過ぎて心配されてしまった。

 流石さすがにこれ以上はやり過ぎなので、自分を抑えよう。


「遠慮しとく。ところでエリザはどうしてグランローゼリオに? お姉さんと二人で旅行?」

「違うわ。殿下に会いに来たのよ」

「殿下? ルキルス殿下がここに?」


 とぼけて聞いてみる。


「ええ。お姉様ったら私が殿下のことを好きなのを知っていて、黙って二人で会う約束をしていたのよ。許せないわ」

「黙って会う約束をしたってことは、二人はもう恋人なんじゃないのか? それを邪魔しちゃ悪いよ」

「なんで?」

「なんでって……」


 あれなんでだろう。うまい言葉が出てこない。

 こうもまっすぐに恋している少女を、果たして俺が止められるのか。

 さてどうやってエリザを納得させようか。

 そう思っていると、ロビーの方から、まるでモデルのような男が歩いてきた。

 燃えるような赤い髪の長身の男。

 あれこそがこの国の王子、ルキルス・スカーレットだ。

 変装しているものの、あふれる高貴なオーラまでは隠せていない。

 殿下がエレシアに声をかけると、彼女の顔がぱっと明るくなった。

 俺と話していたお姉さん的な表情とは違う、恋する乙女の表情に思わず見惚みとれた。


「ちょっ」


 そして思わず声が出た。

 二人は抱き合うと見つめ合い、キスをした。

 おいおい……毎日学園で会っていただろうに……節操ないな。

 エリザだってまだここにいるのに。

 いや……。

 これは、えてエリザに見せつけているのだろう。

 王子は私のものだと示しているのだ。


「何よあれ……最低」


 エリザがそうつぶやいた。

 思わず横を見やると……うわぁ。

 顔を真っ赤にして目に涙をめながら、それでもまっすぐに自分の姉と王子の姿をにらんでいた。

 エリザの心がぐしゃりとつぶれる音が聞こえた気がした。


「やっぱり……私じゃ駄目なんだ。お姉様には勝てないんだ……。お勉強も。魔法も。ダンスも。見た目も。恋も。全部……全部……勝てないんだ」


 常に優秀な姉と比べられてきたエリザの心の闇が漏れ出した。

 そもそも年の差が……なんて言葉は、今の彼女にはなんの励ましにもならない。

 彼女の生きてきた環境は彼女にしかわからない。

 だがそれでいい。優秀な姉への劣等感にさいなまれながら学園に入学し、君は主人公と出会うのだから。

 あと五年。あと五年の辛抱だ。


「ちょっと長いな……」


 あと五年。

 その間には王子とエレシアの婚約というイベントも待っている。耐えられるか?

 エリザがじゃない……。エリザは強い子だ。

 耐えられる。耐えられてしまうのだ。

 ゲーム内の彼女を思い出す。

 初めて主人公とエリザが出会うイベント。

 仕事で学園を訪れていたエレシアに見惚れていた主人公に、エリザが頭から水をかけるのだ。

 歪んでいると思った。

 ゲームでは「これもキャラクターの個性だよね!」と思っていたが、実際にまだ幼く、そこまで性格が曲がっていない今のエリザを前にすると、なおのことそう思う。

 姉と比べられて傷ついて。

 五年間も劣等感に苛まれ、性格がどんどんねじ曲がっていく。

 それでもエリザは耐えるのだ。

 だから今、耐えられるかどうか心配しているのはエリザのことじゃない。

 俺だ。

 こんなにまっすぐに恋をしている子が負け続けるのを、黙って見ていられるのか?

 そのうちいい人が来るからと、黙っていることができるのか?

 いや無理だ。

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