二章 ヒロイン登場


 リュクス・ゼルディアに転生してから三ヶ月。

 夏になった。


 俺はゼルディア家の領地で観光名所でもある旧都グランローゼリオにいる。

 ローグランド王国以前に存在した王国の首都だった街で、今も当時の建築物や文化が色濃く残っている人気の観光スポットだ。

 日本で言うと京都のような場所だろうか。

 そんなグランローゼリオに、俺とジョリスさん、そして兵士の皆さん共々やってきていた。

 もちろん観光ではない。

 山に大量発生したエテザルという魔物を殲滅せんめつするためだ。

 グランローゼリオの観光財源はゼルディア家に莫大ばくだいな収益をもたらす。それを邪魔するものを放置しておく訳にはいかないのだ。

 とはいえ一般人には脅威な魔物であっても、俺たちにとっては大した敵ではなかった。

 当初は一ヶ月かけて行う予定だった殲滅作戦も一週間程度で終わってしまった。

 無事に終わってよかったと喜んだのだが、ジョリスさんだけは「これでは坊ちゃんの修業になりませんね」と残念そうだった。

 せっかくの旧都なのに全然観光もできず、明日の朝には出発となっている。

 屋敷のみんなへのお土産を購入した俺とジョリスさんはディナーまでのちょっとした時間を持て余し、ホテルのロビーで雑談をしていた。

 その時、一人の女性が話しかけてきた。


「もしかして君、リュクスくん?」


 柔らかい女性の声。

 一瞬で身構えたジョリスさんだったが、声の主を見て態度を改めた。


「これはこれは……エレシア様」


 そして、うやうやしくお辞儀した。

 エレシア・コーラル。

 桃色の髪をした優しげな美少女。

 この時点だと十五歳のはずだが、それでも男の目を釘付くぎづけにするほどの抜群のスタイルを誇っている。主に胸部の成長がすさまじい。

 彼女はゼルディア家に並ぶ御三家の一角コーラル公爵家のご令嬢で、リュクスとも幼い頃から面識がある……はずだ。

 変装のためにしているのだろうサングラスからのぞひとみが、興味深げにこちらを見つめていた。

 まさかのゲームキャラ登場に、心臓が高鳴るのを感じる。


「お、お久しぶりですエレシア様」


 俺もジョリスさんにならい、頭を下げる。

 リュクスの兄であるデニスと同い年で、現在は王立学園の一年生。

 観光地に来ているところを見る限り、もう夏休みに入ったのだろう。

 ちなみにブレファンの学園は四月入学の三月卒業という日本と同じスケジュールである。


「やっぱりリュクスくんだった。雰囲気が変わったから、最初は誰だかわからなかったわ。とても格好良くなって……お姉さん、ちょっと感動かも」

「ありがとうございます」


 真正面から褒められて、顔が赤くなるのを感じる。


「お兄さんも今の君を見たらきっとびっくりするわ」

「兄と言えば……兄がいつもお世話になっております」

「こちらこそ。いつもデニスくんには助けられているのよ」

「本当ですか?」

「ふふ、本当よ」


 リュクスの兄であるデニスは所謂いわゆる無能キャラだったはずなので、絶対に社交辞令だろう。

 だが、そう感じさせない物言いは素直にすごいと思った。


「そういえば、エテザル討伐の知らせを聞いたわ。リュクスくん自ら指揮を執ったとか」

 俺はジョリスさんの方を振り返る。何故なぜなら実際に現場を指揮していたのはジョリスさんだったからだ。

 目が合うと、ジョリスさんは静かに目を伏せた。話を合わせろということだろう。


「はい。初めてだったので緊張しましたが、兵士長の指導の下、無事被害が出る前に魔物を駆除できました」


 少しぎこちない言い回しだが許してほしい。

 俺も初めてゲームのネームドキャラ……しかも美女に遭遇して緊張しているのだ。

 転生前の俺ならキョドって何も話せなかっただろう。

 ここ三ヶ月、モルガたちと過ごして、多少女性と会話することに対して免疫がついたようだ。

 うん、成長してるぞ俺!


「あら、謙虚なのね。お兄さんとは大違い……って、これは失言だったわね。デニスくんには内緒よ?」

「はい。兄には今日のことは言いません」


 ぺろりと舌を出して笑うエレシア様。

 はい可愛かわいい。思わず好きになってしまいそうだ。

 ゲームでも魅力的なキャラクターだったが、こうして目の前にすると破壊力が凄まじい。

 おそらく多くの男子たちの初恋を奪っているのだろう。


「本格的に剣を学び始めたと聞いてはいたけど、本当に変わったのね。見た目も中身も、去年とは見違えたわ。頑張ったのね」


 そう言ったエレシアの言葉に、思わず泣きそうになった。

 今までの頑張りが報われた……とまで言うつもりはないけれど、それでも真面目に生きようと頑張ってきたことは正しいのだと言ってもらえたような気がして、胸が熱くなった。

 間違ってない。このまま頑張れば、きっとゲームのリュクスとも前世の俺とも違う道を歩むことができる。


「どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません」

「そう? でも本当に見違えたわ。学園に入ったらモテモテになっちゃうかも」

「はは、そんなまさか」

「そうだ。今日はエリザも来ているのよ。エリザにもカッコよくなったところ、見せてあげたら?」

「え、エリザも? あのエリザもですか!?」

「ええ。ほら、あそこに」


 エレシアの示す方を見ると、柱に寄りかかりつまらなそうにしている少女がいた。

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