⑨変身!?


 魔法の勉強とトレーニングに明け暮れていたある日の朝。

 朝食のために食堂に向かっていると、一人のメイド見習いとすれ違った。


「ええと彼女は……」

「あの子はウリアですね」

「そうだった。おはようウリア!」


 隣を歩いていたモルガに名前を聞き、挨拶あいさつをしてみた。

 メイド見習いのウリアはビクッとしながら、こちらを振り返る。


「ひっ……」


 ウリアは小さく悲鳴を上げて、走り去ってしまった。

 え、ちょっと待って。その反応はメッチャ凹む。

 そういえば前世でも、こんなことがあったかもしれない。

 用事があってクラスメイトの女子に話しかけたら、泣かれたことがあった。

 あの時は傷ついたな……うっ。思い出したら胸が痛くなってきた。


「俺、何かしたかな?」

「いえ、普通の朝の挨拶だったと思いますけど」

「だよな。じゃあなんであの子は逃げちゃったんだろう?」

「リュクス様が怖かったんじゃないですか?」

「そんな訳な……いや。確かに」


 廊下の窓に映る自分を見てみる。

 ボサボサに伸びた髪。

 前髪も長く、こちらの顔色をうかがいにくい。

 トレーニングが忙し過ぎて後回しにしていたが、この見た目は結構ヤバいのかもしれない。


「た、確かに不気味かもしれないな」

「清潔感もないですよね〜」

「ぐっ」


 モルガは遠慮なく『男子が女子に言われて傷つく言葉ランキング』上位の言葉を口にした。


「で、でもお風呂ふろは毎日入ってるし……」

「いやいや。清潔感って実際に清潔かどうかってことじゃないですから。相手がどう感じるかが重要なんですよ」

「マジか」


 あれか? 生理的に無理ってやつなのか?

 だとしたら一体どうすればいいんだろう。


「落ち込むことはありませんよ、リュクス様」


 俺を落ち込ませた張本人であるモルガが何か言っている。


「こういうことに詳しい子を知っていますから。朝食の後、会いに行きましょう」

「ああ、わかった」




 朝食後。

 モルガに案内された先で待っていたのは、メイド見習いのメロンだった。

 ファッションや美容に詳しく、メイド見習いたちのオシャレ番長的な女の子らしい。

 言われてみればモルガや他のメイド見習いの子たちよりオシャレな雰囲気をまとっている。

 年齢はモルガやウリアと同じく、俺の一つ上の十歳。

 だが二人より、そこはかとなく落ち着いた雰囲気がある。


「なるほど。事情はわかりましたわ。もっさりした自分から脱却し、垢抜あかぬけたいということですわね?」


 俺はモルガの方を見て「なんて説明したの?」と目で訴える。

 モルガは知らんぷりだ。おいこっち見ろ。


「リュクス様? 聞いていますの?」

「うん。聞いてる。聞いてるよ」

「お任せくださいリュクス様。私が必ずや、リュクス様を垢抜けたイケメン貴族にして差し上げますわ」

「えぇ〜イケメン? リュクス様は別に今のままでもよくない? 男は中身だよメロンちゃん」

「甘いですわモルガ。『男は中身』という言葉の裏側には『貴方、見た目は全然駄目だから中身で勝負するしかないですよ?』という意味が込められているのですわ」

「確かにそうかも」

「いいですか。中身がいいなんて当たり前です。大・前・提!」

「うわ〜そこまで言っちゃう?」

「言っちゃいますわ。そもそも見た目が悪い人の中身なんて誰も興味ありませんわ」

「そうかも!」

「そうでしょう? だから中身だけいいなんて意味がないのです」

「……」


 女子の会話メッチャ怖いんだけど。


「でも……」


 これから幸せな人生を目指す以上、前世の俺やゲームのリュクスと同じじゃ駄目なんだ。

 髪ボサボサ前髪長過ぎ。猫背。体ガリガリ。

 あのような不気味な見た目になる訳にはいかない。こんな姿を推しキャラたちの目にさらすのも失礼だ。

 前世では学校で「人はみんな平等!」という教育を受けてきた。

 けど実際はどうだった?

 見た目がいい奴が得をしていることが圧倒的に多かったはずだ。

 前世で陰キャとして過ごしてきた俺としては『お洒落しゃれ』ってワードだけで拒否反応が出てくるのだが……変わりたい。

 前世の俺からも。ゲームのリュクスからも脱却したい。

 これはその、千載一遇のチャンスなのかもしれない。

 なら、全力でつかみに行く。


「頼むメロン。俺の見た目を改善する方法を教えてくれ」


 ゲームの薄気味悪いリュクスも、前世の青白くて不気味な俺も、逆に滅茶苦茶めちゃくちゃ目立つっていうことは身に染みてわかっている。

 モブを目指すからには、まずまともな見た目にチェンジする必要があるのだ。


「よく言えましたリュクス様。その決意だけで、一歩前進ですわ」

「ありがとう。で、具体的にはどうすればいい?」

「そうですわねぇ……」


 メロンは俺の全身をチェックする。


「ここ一ヶ月のトレーニングのお陰でしょうか? 筋力が上がり、姿勢や体付きは格段によくなっていますわ」


 そうか、メロンは俺が転生してくる前のリュクスも知っているのか。

 確かに転生直後と比べれば、体付きはかなり男っぽくなっている。


「食事もちゃんとしてるから、顔色もいいよね」

「ええ。後は肌ですわね」

「肌?」

「はい。厳しいトレーニングを重ねているからか、多少荒れていますわ」

「でも男だし、まだ若いし肌なんてどうでも……ひっ」


 ギロリとメロンににらまれた。


「男性でも肌は重要ですわ。わかりますわよね?」

「は……はい。わかります。で、どうしたら?」

「これからは毎日、お風呂ふろ上がりに私がスキンケアをして差し上げますわ」

「す、スキンケア?」


 聞いたことはあるが、前世では全く縁のなかった言葉だ。

 一体何をするのだろうか。


「後は?」

「髪と眉毛まゆげですわね」

「髪は鬱陶うっとうしいからわかるけど、眉毛?」

「はい。殿方の顔は眉毛でかなり印象が変わります。私が、リュクス様に一番合った形に整えて差し上げますわ」

「できるんだ」

「当然ですわ」


 誇らしそうに胸を張るメロン。

 どうやら美容系にはかなり自信があるようだ。

 しかし眉毛か。

 転生前は「男が眉毛なんて!」と思っていたが、そういえばクラスの陽キャ男子たちが『眉毛サロン』なる場所について語っていたことを思い出す。

 四、五千円かかると聞いて「馬鹿らしい」と思っていたが、そうか。男の印象って眉毛で結構変わるのか。

 今思うと、モテる男子たちって相当努力してたんだな。

 周回遅れどころか生まれ変わってしまったが、今からでも頑張ろう。

 格好良くなれるなら、それに越したことはないからな。


「わかった。メロンに任せる。俺の髪と眉毛をよろしく頼む」

「もちろんですわ! リュクス様を理想のご主人様にしてみせますわ」


 ご機嫌な表情でハサミと櫛くしを取り出したメロンに、俺は全てを委ねるのだった。




 次の日の朝。


完璧かんぺきですわ、流石さすがリュクス様!」


 メロンに朝のスキンケアと髪のセットをしてもらった俺は、メイド見習いのウリアを待つ。

 普段は午前中、俺の外出中に部屋の掃除をしてくれているらしい。

 ならばと、部屋の前で待機していた。


「今日こそちゃんと挨拶をしよう」


 自分で言うのもなんだが、メロンに頼んだお陰で、俺は大分変わったと思う。

 肌に関してはまだ効果はわからない。

 だがメロンいわく「継続は力ですわ!」とのこと。

 毎日続けることで、何もしていない連中との差はどんどん開いていくのだとか。

 そして髪型と眉毛。

 メロンの腕は確かで、生まれ変わったような気がした。

 いや、実際違う世界に生まれ変わったんだけどさ。

 どことなく妖怪ようかいっぽかった見た目から、さわやかな貴族の少年にランクアップした感じだ。

 正直ここまで変わるとは思ってなかった……というか、普通にイケメンなんですけど?

 俺(前世)とリュクスはブサ面仲間だと思ってたのに、裏切られた気分なんですけど?

 ちゃんと整えればカッコいいくせに、なんて勿体もったいない奴なんだ。

 とつい愚痴ってしまったが、魔眼を封じていることと合わせて、もうこれまでのリュクス・ゼルディアとは別人だ。

 これなら、少なくとも見た目で拒絶反応を起こされることはないだろう。


「リュクス様」

「来ましたわよ」

「……っ!?」

「やぁ。おはようウリア」


 部屋までやってきたウリアに爽やかに挨拶してみた。


「あ? う? え? もしかして……リュクス様ですか?」

「うん。イメチェンしてみたんだ。どう、似合ってる?」

「に……あ……うう」

「……?」


 ウリアは顔を真っ赤にすると「あうあう」と譫言うわごとのように何かをつぶやいた。

 な、なんて?

 全然聞き取れなかった。


「えっと……」


 俺が次の言葉に迷っていると、スタスタとモルガの方に駆け寄るウリア。そして、モルガに何か耳打ちしている。


「ゴニョゴニョ」

「うんうん。ほうほう……」

「ゴニョゴニョ」

「なるほどー」


 その耳打ちに、うんうんとうなずくモルガ。

 いや、何を話してるの?


「似合ってるそうですリュクス様ー!」

「そ、そうなんだ。それはよかったよ。ってか」


 ウリアの様子から、気付いたことがある。


「もしかしてウリアって、物凄ものすごく人見知りな子だったりする?」


「……」

「「はい」」


 コクリと頷くウリア。そしてモルガとメロンも。

 なるほど。

 それじゃあ昨日避けられたように見えたのも、本当は人見知りが発動してのことだったのか。

 俺が生理的に無理って思われた訳じゃないんだな。


「ってか、知ってたなら教えてくれ〜」


 昨日の頑張りはなんだったんだ。思わず脱力し、座り込んでしまう。


「あら。よろしいではありませんか」

「そうですよリュクス様! とっても格好良くなられましたよ!」

「……!」(コクリと頷くウリア)

「そ、そうかな?」


 好意的な目を向けられてちょっと……いや、かなりうれしい。

 こんな風に身なりを整えておくことも、悪役を辞める上で大事な要素だったんだな。


「メロンのお陰でモブ化計画は一歩前進かな」


 この日以降しばらく、使用人たちに「誰!?」と驚かれることになるのだった。

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