⑧コピー魔法


「風魔法ですか? ええ、使えますよ」


 裏庭に出ると、洗濯物を干していたベテランメイド……ミラーさんがいた。

 俺が魔眼ではなく普通の目になっていることが気になっているようだったが、こちらが風魔法について尋ねると、あっさりとうなずいた。


「貴族でもないのにどうして魔法を……ですか? ええ、実はとある悪い貴族が平民の母に産ませた子が私なのです。そして捨てられたところをこの家に拾われた感じです。まぁ坊ちゃんには関係ない話ですが」

「……いや滅茶苦茶めちゃくちゃ話すじゃん」


 さらっとトンデモない過去をお出しされて反応に困る。

 ブレファンの世界では、全ての人間に魔力と呼ばれるエネルギーが存在する。

 だが魔力を魔法という形で使うには、魔力神経という生まれ持った特殊なものが必要になる。平民で持つ者はごくわずかだ。

 この魔力神経の質が魔法の才能や属性を左右する。

 魔力神経は親から子へ受け継がれるが、貴族と平民の子ども――つまり親の片方だけしか魔力神経を持っていない場合、子どもに受け継がれる可能性は半分になる。

 だからこそブレファン世界では、貴族同士が婚姻を繰り返しているのである。

 母方が平民だったのに魔力神経を継承しているミラーさんは結構ラッキーな人だろう。


「さて洗濯物も干し終わりましたし、私の魔法を坊ちゃんに披露します」

「ちょっと楽しみ」


 彼女が魔法の準備に取り掛かるのと同時に、俺は魔眼を起動する。

 ただしミラーさんを怖がらせないように、右目だけこっそりとだ。

 先日ジョリスさんに見つかった時の反省をかして、魔力も必要最低限まで抑え込む。


「あまりワクワクされても困ります。では――ヒートウィンド」


 ミラーさんの手の平から白い風のエフェクトが発生し、洗濯物を揺らす。


「手の平から暖かい風を出す。私が使える魔法はこれだけです。まぁ洗濯物がふんわりするので、結構便利に使っています」

「いや、見せてくれてありがとう。勉強になったよ」

「それはよかったです」

「うん。それじゃ。ああそうだ……いつも洗濯ありがとう!」


 ペコリと頭を下げて、俺は自分の部屋へと向かった。


「早くイミテーションで再現してみなくちゃな!」


 早速覚えた魔法を試したいところだったのだが、「坊ちゃんは何より基礎。しばらく剣は握れないと思いなさい」と、ジョリスさんの鬼のトレーニングが始まった。

 午前中は書斎で魔法の勉強。

 午後は日が暮れるまでジョリスさんのしごき。

 そんな生活が約一ヶ月続いた後。


「あの、ジョリスさん……剣の型とか練習しなくていいんですか?」

「何を言います坊ちゃん。聞けば坊ちゃんは魔眼で我らの動きをコピーできるとか?」

「し、知っていたんですね……」

「ならば型の練習など不要。その時間を基礎体力の向上に使うべきです。そんな嫌な顔をするものではありません」


 言うと、ジョリスさんは急に俺の肩をぐいっと動かした。


「ふむ。関節の強度は増し、それでいて柔軟性も上がっている」

「えっと、それが何か?」

「どんな戦い方にも対応可能な体ができてきているということです。以前のように型に体がついてこない……なんてことはこの先なくなるでしょう」

「本当ですか!」

「とはいえ、実践からでしか学べないことがあるのも確か。いいでしょう。今日から一日の最後に一戦、模擬戦を取り入れましょう。ガラル」

「うっす」


 ガラルと呼ばれた細身の男が前に出てきた。

 俺は手渡された木剣を握り構える。


「では試合開始」

「へっへ。悪いが坊ちゃん。手加減はなしですぜえ」

「頼むぞ。こっちも本気で行く」


 しばらく見合って。

 先に動いたのはガラルだった。ジョリス以上のスピードで距離を詰め、剣を振ってくる。


「くっ――」


 それを冷静に回避。

 続けて攻撃を仕掛ける。だがガラルの華麗なステップで避けられる。


「へっへ、そんな単調な攻撃、当たりゃしませんよ」


 確かに攻撃は外れたが、俺はうれしかった。

 ジョリスの言う通り、体がちゃんと動いてくれる。以前のようなギリギリの感じが全くしない。

 一ヶ月地獄の基礎トレーニングに耐えた甲斐かいがあったという訳だ。

 そして喜ばしいことに……この体は九歳でまだ発展途上。

 どんどん強くなっていく。

 伸びしろですね。


「へっへ、楽しそうですねぇ坊ちゃん」

「そりゃ、久々の模擬戦だからね。いろいろ試したいことがまっているのさ」

「――っ!?」


 俺が魔眼を起動すると、ガラルの表情から余裕が消えた。

 何かしてくるのかと警戒しているようだが……もう遅い。


「なっ……体が!?」


 魔眼を通じてスロウの魔法を掛けさせてもらった。これで移動速度は大幅に減少。

 その隙を突いて一本取ろうとするが……。


「おっとおー」

「クソ……これでも当たらないのか!?」


 なんという回避力。

 いや、今のは直感だ。

 積み上げてきた戦いの経験値からなる危機回避能力。

 俺の初動から攻撃を先読みしたのだ。

 なら次は。


「イミテーション発動――デスサイクロン!」


 俺は以前魔眼で解析したヒートウィンドをイミテーションで再現・改良したデスサイクロンを発動。

 手の平から放たれる黒い風のエフェクトが鈍くなったガラルの体を吹き飛ばす。


「ぐっあ!?」


 風にさらわれ尻餅しりもちをついたガラルに軽く剣を当て、俺は一本を取った。


「勝者――坊ちゃん」

「坊ちゃん……まるで魔法剣士みたいでしたぜ。あれは闇の魔法ですかい?」

「はい。魔眼と闇魔法を組み合わせて、実践向けに調整してみました」

「ひゃー。あんなんやられたら俺ら兵士じゃ太刀打ちできませんわ」

「ガラルさんも本当に強かった。あの回避ステップ、見させてもらいました」

「はは……まさかあの一瞬でモノにしたなんてことは……」

「さて、どうでしょう?」

「かぁあ怖いねぇ、才能ってのは本当に怖い!」


 ガラルさんと握手。

 すると、ジョリスさんがこちらにやってきた。


「ガラル、油断していましたか?」

「いやいや、本気でぶっ倒すつもりでしたよ。ですが、勝てなかった」

「坊ちゃん、ガラルはこの訓練場でトップ3に入る実力者です」

「ええ!?」

「そんなに驚くことはないでしょう坊ちゃん。もしかして『トップ3にしては弱過ぎない?』って思ったんですかい?」

「い、いやーそんなことは……」

「思ったんですかい!?」


 どかっと笑いが起きる。


「ご、ごめんなさい」


 正直ちょっと思った。


「謝ることはないですよ。何故なぜならガラルが弱いのではなく、坊ちゃんが強過ぎるのです」

「でもまだトレーニングを始めたばかりですし」

「いや、坊ちゃん。あんたが毎日やってるの、兵士長の地獄のトレーニングだぜ?」

「あんなトレーニング、ここにいる誰も耐えられねぇよ」


 周りで観戦していた兵士が同調する。


「え、そうなんですか?」


 俺は疑惑の目をジョリスに向ける。


「私は何も悪くありませんよ? 『いきなりこのメニューは厳しそうかな〜? 無理そうだったらちょっと優しいメニューに変えてあげようかな〜? 坊ちゃんが音を上げるところを見たいな〜』と思って組んだ地獄のメニューを楽々こなしてしまう、貴方あなたが悪いのです」

「楽々じゃない! 決して楽々じゃない!」


 正直一日数回は「あ、これ死ぬかも」って思うタイミングがあるくらいキツいトレーニングだったんですけど!?


「ですが、私は坊ちゃんを最強の剣士に鍛えると決めました。これでも心を鬼にして、可愛かわいい坊ちゃんに試練を課しているのです」


 おいちょっと待て。

 いつの間に俺を最強の剣士にするなんて話になっている?


「という訳で明日からもっとキツいメニュー、行っちゃいますか」

「いやだああああああああああああ」


 思いのほか強くなっているとわかって嬉しかった反面、明日から今以上に厳しいトレーニングが始まると聞いて涙が止まらない。

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