⑦モルガSIDE


 私、モルガはゼルディア家に仕えるメイド見習いです。


「捨てていいよ。食えないだろそれ」


 そう言いながら書斎を飛び出していくリュクス様の背を、私は黙って見送ります。

 まるで新しい玩具おもちゃを見つけたような明るい顔を見ていると、自然と心がぽわぽわします。

 少し前までのリュクス様は「うっひょーい悪魔召喚だ! お前が生けにえな!」と言いながら、よく私たちメイド見習いに絡んできました。

 そのたびに私たちメイド見習いはおびえたフリをして、遊びに付き合ってあげていました。

 生け贄として縛られている間は仕事が休めるというのもありましたし、幼くして母親を亡くしたリュクス様を不憫ふびんに思っていたのです。

 みんな、弟のわがままに付き合うような気持ちでリュクス様の遊びに付き合っていました。


 先輩メイドさんにお話を聞いたのですが、リュクス様のお母上は、魔眼の子を産んだことを気に病み、自ら命を絶ってしまったのだそうです。

 お父上である当主様はそれ以来、一度もリュクス様とお話をされていないのだとか。

 魔物に殺されてしまったとはいえ、お父さんとお母さんに愛された記憶は私の宝物です。

 あの幸せだった日々を思い返すだけで、寂しい夜もへっちゃらになります。

 しかし、リュクス様にはそんな大切な思い出が全くないみたいです。

 誰かに愛された記憶がない。

 それはどれほど孤独なのでしょう。

 私たちにはリュクス様の奇行が、父親の愛を求める不器用なアピールに見えていました。


 でも少し前から、リュクス様は様子が変わりました。

 ビックリするくらい変わりました。

 剣の修業を始め、さらに魔法の勉強まで!

 比べものにならない変化です。強く、前に進んでいくことを決めたようにも見えます。

 もう、過去を振り返るのはやめたのでしょうか?

 ものの数日で見惚みとれるほど大人っぽい顔つきになられました。


『あんたら見習いはあの魔眼の子の面倒を見てな』


 初めは先輩メイドさんに押しつけられる形でリュクス様のお世話をさせていただいていたけれど。

 それは次第にわがままな弟の面倒を見るような感覚に変わり、今は、リュクス様を自分の一生をささげるあるじだと思い始めています。

 私は先ほど受け取った黒いサンドイッチを眺めます。


「捨てていいって。そんなことできる訳ないじゃないですか。だってこれは……リュクス様が初めて私にくださったものなんですから」


 ちょっと嫌だったけど、私は黒いサンドイッチを食べてみることにしました。

 ぱくり。

 食感はあまりよろしくないけど、味はサンドイッチと全く同じで不味まずくないです。


「見た目はひどいけど、結構美味しいですね……あれ?」


 サンドイッチを飲み込んだ瞬間。

 まるで甘いお菓子を食べた後のような、不思議な力が体に満ちているのを感じます。


「これは……どういうことなのでしょうか?」


 なんと、私の手の平から炎のようなオーラがゆらゆらと出てきました。

 なんだか不思議です。

 まるで魔法のよう……って魔法じゃないですかこれ!?

 魔力ってヤツがあふれ出てきているのではないですか!?


「もしかして……あのサンドイッチを食べたせい?」


 リュクス様。

 愛する私のご主人様。

 貴方の魔法は、リュクス様自身が思っている以上に物凄ものすごいものかもしれませんよ!?

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