⑥闇の魔法


 ジョリスとの戦いから三日。

 あれ以来ずっと寝込んでいたのだが、ようやく動けるようになった。

 まだ関節が痛むが、寝込んでいるとモルガや同僚のメイド見習いたちから玩具おもちゃにされるので我慢して動く。

 この三日間、俺が動けないのをいいことにあいつら好き放題やりやがって……。

 運んでくれた朝食を即行で食べ、モルガたちが戻ってくる前に部屋を出る。


 向かうは書斎。

 体を動かすトレーニングはまだ無理そうだが、他の修業はできる。

 今日は魔法に挑戦だ。

 ゼルディア家の書斎はちょっとした図書館のように広く、二階まで吹き抜けの開放的な作りになっている。

 本棚には小説や経済書、自己啓発本から料理本まで様々なジャンルの本が収められている。


「でも、今日使うのはこの呪文書だ」


 呪文書とは、言うならば魔法を覚えるための教科書といったところか。

 自らの魔法適性に合った魔法であれば、この呪文書の内容を理解することで使えるようになる。

 リュクスの魔法適性は闇なので、闇魔法専用の呪文書を手に取る。


「しかしまぁ。見事にデバフばかりだな」


『ブレイズファンタジー』の戦闘で使える闇魔法といえばデバフが中心である。

 デバフとは、敵に不利な状態を発生させ、相手の戦闘能力を低下させることだ。

 ようは嫌がらせである。

 そう、魔眼に闇魔法適性という、悪役になる要素を詰め込んだキャラこそがリュクスだ。 もちろん、俺はどちらの力も悪用するつもりはないし、正当に鍛えてみせる。

 ってか、モブを目指しているのに、希少な闇魔法適性っていうだけでも目立つし、前途多難過ぎるだろ、この転生。


「だけど、魔眼と闇魔法の組み合わせは悪くないんだよな」


 魔眼には観察眼の他に、もう一つ能力が存在する。

 それが『見ただけで相手に魔法を掛けることができる』能力だ。

 ゲームのリュクスは、この能力でデバフを掛けまくってくる厄介な敵だった。


「リュクスの視界に入っただけでデバフ状態。マジでウザい戦い方だったなぁ」


 とはいえ、リュクス本体は貧弱。

 一度近づいてしまえば、あとは一方的にボコボコにできた。

 今の俺は、そうならないために、ジョリスさんに鍛えてもらおうとしているのだ。

 つまり俺が目指す最強の形は『魔眼でデバフを掛けつつ剣で相手を仕留める』というスタイルになるだろう。

 うん、ちょっと地味だね。魔眼を奪われないよう自衛するためには仕方ないけど。

 主人公なら闇以外の全属性の魔法を使いこなせるんだけどね。

 せっかく剣と魔法の世界に来たのに、デバフしか使えないのは悲しい。

 もっと派手な魔法とか使いたかった。まぁ言ってもしょうがないけど。


「えっと、確か今使える魔法はスロウだけだったか」


 対象の動きを遅くする闇魔法スロウ。

 一見大したことない魔法だが、これと魔眼のコンボは凶悪だ。

 本来なら手の平から闇の魔力を飛ばして、それを対象に命中させる必要があるのだが、魔眼なら見ただけで相手のスピードを遅くできる。


「あと俺が習得できそうな闇魔法は……小粒だけどいろいろあるな。とりあえず全部覚えてみようか」


 呪文書を読み込み、仕組みを理解し実践する。

 体の中に流れる魔力の動かし方は、転生したお陰だろうか、身に染みついている。

 あとは魔法ごとの細かいコントロールを覚えるだけ。

 適性があるからか、それともリュクスの才能故か、俺は簡単な闇魔法を次々と習得していく。

 まぁそれでも、派手で強力な攻撃魔法はなかったが。

 そして、戦闘以外で使える闇魔法なら、他にも面白い魔法があることもわかった。


「リュクス様、やっと見つけたー。そろそろお昼にしませんか?」


 カートにサンドイッチと紅茶を載せたモルガが書斎に入ってきた。

 返事がないにもかかわらず俺の方へとやってくる。


「もう、突然いなくなったのでびっくりしましたよ? これからは私たちに行き先を……きゃ――」

「危なっ!? 」


 カートの車輪が転がっていた本にぶつかりバランスを崩した。


 モルガもろとも倒れそうになる。

 紅茶の入ったポットやサンドイッチが宙を舞っている……このままでは本が。

 そう思った瞬間、咄嗟とっさに魔眼を起動――さらにスロウの魔法を見ている全てに対して発動する。

 魔力がごっそり引っこ抜かれた感覚と共に……全てがスローモーションになった。

 宙を舞うティーポットとサンドイッチも。

 倒れそうなカートも。

 バランスを崩したモルガも。

 え……スロウって生き物以外にも使えたんだっけ?

 それなら相手の攻撃魔法とかに対しても使えるんじゃ?

 あれ、スロウって思ったより強い魔法なんじゃないか?


「って考えてる場合じゃない。よっと……」

「ぐぎゃ」


 俺は足でカートを押さえ、両手でサンドイッチとティーポットをキャッチした。

 同時に、スロウの魔法を解除する。


「セーフ」

「私もっ! 私のことも助けてくださいよ!」


 あごを打って涙目のモルガが恨めしそうに言った。


「悪い。サンドイッチをあげるから許してくれ」

「わーい! ってそれ私が作ったやつです!」

「え、これお前の手作りなの?」


 ちょっと心配になった。


「心外ですねー、『大丈夫なのか?』って顔になってましたよー?」

「あはは。そんなことないない。いただきます」


 食べてみると、普通に美味おいしかった。

 ここは剣と魔法のファンタジー世界なのだが、元が和製ゲームというだけあって、食事に関してはかなり進んでいる。

 ハンバーガーとかプロテインとか、前世の俺が好きだったものが結構ある。


「む、最後の一個か」

「夢中で食べてましたね。そんなに美味しかったですか?」

「うん、美味うまかった。何より、俺のために作ってくれたっていうのが、メッチャうれしい。また作ってほしい」

「わ、わぁ〜! 作ります、作ります! 貴方あなたのために毎日でも作っちゃいます!」

「いや毎日は別に……そうだ。サンドイッチのお礼に、俺からプレゼント」

「え……リュクス様から私にプレゼントですか!?」


 期待の眼差まなざしを向けるモルガ。


「なんだろな〜なんだろな〜楽しみだな〜」と小躍りしている。

 ふふふ、待っていろ。

 今すごいのを見せてやる。


「さっき覚えたイミテーションという闇魔法があってね」

「魔法……? 闇……?」

「そう。物の構造や作りを理解することで、完全な複製品を作り出す魔法なんだ」

「私、嫌な予感がしてきました」

「今からこのサンドイッチを複製します」

「やっぱりだー」


 本来なら複製元を長期間観察する必要があるクソ魔法のイミテーション。

 だが魔眼の超観察能力と組み合わせれば――

 一瞬の輝きの後、俺の右手に真っ黒いサンドイッチが握られていた。


「よし。どこからどう見ても完璧かんぺきなサンドイッチだな」

「どこがですか!? 真っ黒ですよ!?」

「色はアレだけど……形は結構サンドイッチしてるだろ?」

「形がサンドイッチしてたからなんだと言うんです!? 手触りはブニブニだし、端っこの方からサラサラと崩壊が始まっていますよ!?」

「ああ、それは足りない材料を俺の魔力で補っているからだね」

「じゃあこれ、実質全部リュクス様の魔力じゃないですか!?」


 まぁそういうことになる。

 本来はちゃんと複製したいものの材料を用意してから行う魔法なのだ。

 足りない材料は闇の魔力で補わなければならない。

 このサンドイッチは全部魔力で補ったから、形だけを摸倣もほうした『サンドイッチのような何か』が出来上がったということだ。

 やはり、あまり使える魔法ではない。


「いや待てよ。魔力を無理矢理物質にしようとするからこうなる訳で……じゃあ、初めから魔力だけのものを摸倣したら?」

「初めから魔力だけのものというと……魔法ですか?」


 例えば魔眼で他の人の魔法を観察し解析して、それをこのイミテーションで複製すれば……。

 あれ、もしかして……?

 適性外の魔法の完全コピーができちゃいます?

 しかも見ただけで?


「モルガ……ベテランメイドさんの中に風魔法を使える人がいるって、前に言ってたよな?」

「あ〜ミラーさんですね。今日のシフトだと、今は裏庭で洗濯中だと思いますよ」

「裏庭ね。オッケーありがとう。あとサンドイッチごちそうさま。美味しかった」

「あっ……待ってください! この黒いのどうするんですか〜」

「捨てていいよ。食えないだろそれ」


 ってか、まだその黒いサンドイッチを持ってたのか。

 律儀な奴だなと思いつつ、俺はミラーさんの下へと向かった。

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