「あの……俺と直接戦っていただけませんか?」

「……はい?」


 俺の言葉にジョリスは不快そうな顔をする。

 無理もない。生意気な子どもだと思っているのだろう。

 俺だってそう思う。

 だが、魔眼の観察力がどの程度のものか、早く試してみたいのだ。

 それに引退したとはいえかつて王国騎士団で部隊長を務めていたというジョリスは、魔眼の力を試すにはもってこいの相手だ。


怪我けがをしても知りませんよ? 手加減は苦手ですので」


 しばらく悩んでいたジョリスは深い溜息ためいきの後、冷たくそう言った。

 バカは痛い目を見ないとわからないか……そんな風に考えたのがわかる。

 今はそれで構わない。

 とにかく、殺される心配のない強い相手と戦えればそれでいい。

 ジョリスの後に続き訓練場に入ると、短めの木剣を手渡された。

 殺傷能力のない、訓練用の剣だろう。

 同じサイズの木剣をジョリスも握る。


「まさか兵士長が直接指導かよ……」

「おい、相手のガキって……」

「魔眼の子だ……」

「口を慎め。クライアントの息子さんだぞ」


 いつの間にか兵士たちが訓練をやめ、周りに集まってきていた。

 俺は木剣を持つ手に力を込めた。


「さぁ坊ちゃん。どこからでもかかってきなさい」


 お言葉に甘えて、まっすぐに打ち込むことにする。


「どうしました? いつでも構いませんよ?」


 兵士長ジョリス。

 平民の出身でありながら王国騎士団で部隊長を務めたほどの実力者。

 全盛期には数々のモンスターを打ち倒し、王国騎士団先代総帥の右腕とまで言われた男。

 引退しても鍛錬は欠かさず続けており、今でもゼルディア家の兵士たちの中で最強の腕前らしい。


「中途半端な攻撃では怪我をします。初めから全力で来なさい」

「お言葉に甘えて……」


 俺は一気に間合いを詰め、ジョリスにりかかる。


「――なっ!?」


 速攻で一発入れて主導権を握るつもりだったが、華麗な剣捌けんさばきで受け流される。

 バランスを崩し転倒しそうになるがなんとか体勢を立て直す……だけではない。

 それと同時にさらなる攻撃を行う。


「……ほう!?」


 だがそれも剣で受け流される。悔しい反面、俺の口角は自然と上がっている。

 魔眼で学習した兵士たちの動きが最適なタイミングで俺の体の動きをアシストしてくれる。


「こういう状況ではどうしたら?」が頭ではなく体に染みついている。

 本来なら何年も反復練習を繰り返し体に染み込ませる立ち回りの数々が魔眼の力で、たった数日で身についている。

 そしてその動きを実行できるリュクスの健康な体が素晴らしい。

 前世の俺ならこの木剣を持ち上げるだけで精一杯、素振り一回で病院行きだ。


 楽しい。楽し過ぎる!


 俺は健康な体を満喫するように思う存分剣を振るった。

 しかし所詮しょせんは付け焼刃。俺が魔眼で身につけた動きは、ここの兵士たちの立ち回りである。

 ジョリスには通用しない。

 当然だ。ここの兵士たちを指導しているのはジョリスなのだから、見切られて当然。

 俺が必死に繰り出す攻撃は全て軽く受け流されている。


「はぁ……はぁ……」


 健康体とはいえ、今まで全く運動してこなかったリュクスの体は思いのほか体力がない。

 もう既に限界に来ている。

 ならば次で決めるしかない。


「その構えは……まさか?」

「――パワースラッシュ」


 俺はゲームで言うところの、剣士系の攻撃スキルを使用した。

 通常の剣の一振りに自らの魔力でブーストを加え、攻撃力と切れ味を増加させるスキル。

 木剣なので切れ味は変わらないが、攻撃力は数倍にまで跳ね上がる。

 これなら受け止められても押し切ることができる。


「はあああああ!」

「……っぐ!?」


 ジョリスは予想通り剣で受け止めた。

 想像を上回る衝撃だったのか、この戦いで初めて顔を歪ませた。

 いいね。その顔が見たかったぜ! なんて悪役めいたことを思っていたその時。

 急に腹部に衝撃が走る。

 次の瞬間、俺は地面に突っ伏していた。


「あ……え……?」


 どうやらカウンターを食らってしまったらしい。速過ぎて見えなかった。

 くそ、早く起き上がらないと……って。


「いってええええ」


 ヤバい……カウンターを受けた腹部だけじゃない。

 体中が滅茶苦茶めちゃくちゃ痛いんだけど!?


「酷いですよ、ジョリスさん……生意気言ったとはいえ……子ども相手にどんな技使ったんですか……!?」

「誤解です坊ちゃん。坊ちゃんの全身が痛むのは筋肉痛のせいでしょう」

「き……筋肉痛?」


 ち、違う。筋肉痛には何度もなったことがあるが、こんなのは知らない!


「ご自身の体の限界を大きく超えた動きをしたから、耐えられなくなったのです」

「体が?」

「はい。確かに坊ちゃんはウチの兵士たちの動きを完璧かんぺき真似まねできていた。ですが普段から鍛えている兵士たちと引きこもっていた坊ちゃんでは体の作りが違う。勝てると思うのは大きな間違いですよ」

「……俺はどうすればいいでしょうか?」


 俺の言葉を聞いて、ジョリスは初めてニヤッと笑った。


「トレーニングあるのみです。体が治ったらこちらにいらしてください。戦える体を一から作り上げるお手伝いをいたしましょう」

「わ……わかった……わかりました……」


 そして、俺の意識はここで途絶えた。

 後で聞いた話だが、兵士さんが屋敷まで運んでくれたらしい。

 いやホント、訓練の邪魔をして申し訳ありませんでした。

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