主従関係ながらどこか気安いモルガとの会話が楽しくなってきたところで、ようやく屋敷を一周できた。

「もういいよ」となった段階でモルガが「ええ〜もっとどこか見て回りませんか?」とか言いやがった。

 ちょっとした遊びのような感じで楽しんでいたようだ。

 メイドとはいえ、まだそこら辺は子どもだな。


「けどもう見たいところなんて……あっ。なら訓練場まで案内してくれるかな?」

「わかりました! ご案内いたします!」


 元気にそう言ったモルガの後に続き、俺は訓練場へと向かった。




訓練場。

 屋敷から歩いて十分ほどの距離にあって、宿舎と一つになっている。

 ゼルディア家は頻発する魔物による事件に対応するため、元冒険者や騎士団経験者を雇って鍛えている。

 有事の際は当主がここから精鋭たちを派遣し事態に対処する。

 訓練場に近づくと、男たちの気合いの入った声と剣がぶつかり合う音が響いてきた。

 ほのかに漂う汗と土の臭い。

 どうやら実践的なトレーニングの最中のようである。

 俺とモルガは少し離れた位置からその様子をうかがう。


「兵士の方々に声をかけられるのですか?」

「いやいや。俺が声かけたところでだよ」


 モルガの話によると、一年ほど前、リュクスは剣の稽古けいこのためにこの訓練場を訪れたらしい。しかしものの数分で挫折ざせつ

 それ以来、訓練場には一回も近づかなかったとか。


「モルガ、今からちょっと魔眼を使うけど……怖かったら先に戻っていてもいいからね?」

「え?」


 俺は抑えていた魔眼を起動する。

 じわりと眼球に熱が通る感覚がする。

 横のモルガから「わっ」と小さな声が漏れて、ちゃんと魔眼に戻ったことがわかる。

 その状態で訓練中の兵士たちを凝視する。


 魔眼の力は、何も眼球が真っ赤になって相手を怖がらせるだけじゃない。

 いくつかの強力な能力を持っている。

 その一つが極限まで高められた観察眼。

 剣術や魔法などは目視さえすればコピーすることができるチート性能である。

 だがコピーとはいっても、それを再現できるかどうかは使用者にかかっている。

 実際ゲームのリュクスはもっぱら魔法のみを基本戦法としていて、体術や剣術は全く駄目であった。

 リュクスは幼少期から部屋に引きこもっていたため、体の基礎ができていなかったからだろう。

 病弱だった前世の俺と同じ、シャーしんのような細い体をしている。

 しかし、このリュクスの体の細さは運動不足や偏食によるものだ。

 前世のような病気によるものじゃない。

 今から本気で訓練をすれば、剣術もマスターできるのでは? と俺は考えている。

 現に今も、手練てだれの兵士たちの技術が魔眼を通じて俺の体にインプットされているのを感じる。


「凄い……」


 戦いを見ているだけでどんどん強くなっているのがわかる。

 早く俺も戦ってみたい。そうワクワクするほどに。

 その時、手をぎゅっと強く握られた。


「リュクス様、そろそろ帰らないと」

「え、まだ来たばっかりじゃ……って、もう日が沈んでる!?」


 ほんの一瞬のように感じていたが、どうやら数時間はここにいたらしい。

 転生前では考えられないほどの集中力だ。


「うふふ。早く帰らないとメイド長さんに怒られちゃいますよ? 私が」

「ゴメンゴメン。すぐ帰ろう。一緒に謝るよ」

「それは本当にお願いしますね」


 その日はそのまま戻り、モルガが怒られないようにメイド長さんに謝った。



 * * *



 その日以来、俺は毎日のように訓練場に向かった。

 木の陰に隠れながら兵士たちの訓練をずっと見ていた。

 魔眼で兵士たちの動きを学習しながら、こっそり自分で練習してみたり。

 その時だった。


「そろそろ素振りでは物足りなくなってきたのではありませんか?」


 木の棒を振っていると、背後から声がした。

 ゾクッとした。

 まるで気配を感じなかったからだ。

 驚いて振り返ると、そこには一人の老紳士が立っていた。

 執事のような格好をしているが、こんな奴は見たことがない。


「えっと、貴方あなたは?」


 俺の問いに、老紳士は顔をゆがめた。

 明らかにイラッとしたのがわかる。

 見た目ほど紳士的な人ではないのかもしれない。

 だが男はすぐに平静を取り戻し、静かに言った。


「ゼルディア家の兵士たちを取りまとめる兵士長をしております、ジョリスと申します。坊ちゃんには一度だけ剣の指導をしたことがあったはずなのですが……なるほど、下々の顔など記憶するに値しないという訳ですか。悲しいですね」

「す、すみません。ここ数年の記憶が曖昧あいまいで」


 メッチャ嫌味言うじゃん。

 それにしても……そうか、この人がジョリスか。

 モルガから怖いと聞いていたが、本当なのかもしれない。


「あの時はひどい有様でしたが……ここ数日、こちらの様子を窺っているようですね」

「気付いていたんですか?」

「当然です。それだけ禍々まがまがしい魔力を発していれば」


 禍々しい……ああそうか、魔眼か。

 魔力が漏れているとは知らなかった。

 これも今後の課題だな。


「ですがやる気を出してくれたのなら結構。いかがです? 今からでも私の指導を受けてみるつもりはありませんか?」


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