「え? 俺?」

「そうです! 『悪魔召喚をやるぜぇ〜ひょひょひょ〜生けにえはお前な!』って言って私の体を縛ったんです!」

「え!? す、すみませんッ」


 あまりの恥ずかしさに赤面しながら、少女の体を縛っていたひもをほどく。

 話を聞いてみると、この少女の名前はモルガで年齢は十歳。(ちなみにリュクスになった俺の年齢は九歳。もうすぐ十歳の誕生日とのこと)

 このゼルディア家でメイド見習いをしている。

 ゼルディア家では魔物によって家族を失った子どもたちを積極的に雇用しているそうで、この屋敷にはモルガ以外にも同年代のメイド見習いが沢山いるのだとか。

 リュクスは数日に一回のペースで『悪魔召喚の儀式』を行っており、そのたびにメイド見習いを「生け贄」と言いながら縛っているらしかった。

 最初はおびえていたメイド見習いたちだったが、悪魔が呼び出されることは一切なかったため、今では子どものごっこ遊びに付き合うくらいのノリで生け贄をやってくれているらしい。

 闇の魔法に没頭し孤独な幼少期を過ごしたという設定は知っていたが、ここまでひどいとは思わなかった。

 メイド見習いにも完全にイタい奴だと思われている。


「えっと……リュクス様。悪魔が呼び出せず、残念でしたね? 次はきっとうまくいきますよ!」


 しかも滅茶苦茶めちゃくちゃ気を使われてるじゃねーか。

 幼少期のリュクス、残念な奴だったんだな。


「いや、悪魔召喚はもうやめる。モルガも、今までこんな危険なことに付き合わせてすまなかった。嫌だったよね? ごめんね」


 立ち上がりながらぐっと伸びをしたモルガは、なんてことないように言った。


「いえ、儀式中は仕事をサボれるのでそれほど嫌ではありませんでしたよ?」


 メッチャめられてるやんけリュクス。


「なのでたまには悪魔召喚の儀式をしてもいいですよ? 生け贄ならやってあげますので」

「いや、本当にもうやらないから」

「そうですか? 残念だなぁ」


 この子にとって、リュクスの悪魔召喚は仕事をサボるための口実程度のことだったのだろう。残念そうにしながら、仕事に戻っていった。


「はぁ……とりあえず片付けるか」


 一人残された俺は、部屋の片付けをする。

 床に散らばった本を本棚に戻していると、一枚のメモを見つけた。


「なんだこれ?」


 メモにはこの世界の言葉で『願い事リスト』と書かれていた。

 悪魔を召喚できたら、その悪魔にお願いしたいことが箇条書きされている。


「願い事……か」


 俺は敵として登場した十五歳のリュクスしか知らなかったが、案外可愛かわいいところがあるじゃないか。

 リストに書かれていることも、それほど物騒な内容ではない。

 普通に生きていればかないそうなささやかな願いばかりだ。


「でもまぁ。駄目だったんだよな」


 リュクスのこの願いが叶わなかったことを、ゲームを何度もプレイした俺は知っている。

 この世界では、魔眼という存在は忌み嫌われている。

 その理由は、数百年前にこの世界を恐怖で支配しようとしていた魔王が魔眼持ちだったからに他ならない。

 様々な能力を持つ魔眼の恐怖は、当時を生きた全ての人のDNAに刻まれた。そして、その根源的な恐怖は、今を生きる人たちにも受け継がれている。

 夜の暗闇が無条件に怖いように。

 虫を生理的に嫌悪するように。

 魔眼持ちもまた、無意識に畏怖いふされるのだ。


 そんな魔眼を持って生まれたリュクスがどのような人生を送ってきたかは、想像にかたくないだろう。

 実の父親からは『いないもの』として扱われ、母親は魔眼持ちを産んでしまったというショックで自殺。

 五つ年上の兄からはあわれまれている。

 出会う人々はみんな、目を合わせただけで気味悪がる。

 生まれてからの九年間、ずっと孤独に生きてきたのだろう。

 書かれた願い事の内容から、それがわかる。


「なんだ。俺と同じじゃないか」


 リュクスほどではないが、前世の俺も孤独な人生を歩んできた。

 生まれつき体が弱く、学校を休みがちで、友達は一人もできなかった。

 青白い肌とガリガリの容姿は同級生から気味悪がられ、遠巻きにいつも馬鹿にされていた。

 教室では、息を潜めるようにして過ごしていた。


「クラスメイトの笑い声が、なんか怖かったんだよなぁ」


 自分が笑われているような気がして。

 学園要素もある『ブレイズファンタジー』にハマったのは、学校に馴染なじめない鬱憤うっぷんを晴らすためだったのだろうか。

 あんなにも憎らしかったリュクス・ゼルディアに、どこか同族意識を感じている自分がいた。


「でも、悪魔に頼るのは駄目だ」


 悪魔召喚は、金輪際やらない。

『ブレイズファンタジー公式設定資料集』(六千八百円、値段高過ぎ!)を穴があくほど読み込んだ俺は知っている。

 幼少期から闇の魔法を研究し続けたリュクスは十四歳の時……本当に悪魔召喚を成功させてしまうからだ。

 しかもただの悪魔ではない。数百年前に勇者によって討伐された魔王の魂を呼び起こしてしまう。

 そしてその魔王の魂にそそのかされ、さんざん主人公やヒロインと戦わされた挙句、最後には死に、眼球を奪われるのだ。


『リュクス、君は天才だ!』

『君の思う通りにやってごらん?』

『逆らう奴は全員殺してしまおう』


 魔王の魂はそんな甘い言葉でリュクスを操り、最後には見捨てる。

 けれど――

 魔眼を持っているだけで忌み嫌われるこの世界で、嘘でもリュクスに優しくしてくれたのは、魔王の魂だけだったのだ。


「それでも、悪魔召喚はやめるんだ」


 俺は願い事リストに書かれたリュクスの一つ目の願いを見る。


『幸せになりたい』


 一番大きく書かれていた願い。

 俺も同意見だ。俺も、幸せになりたい。


「その願い、叶えてやる。でも、魔王になんて頼らない。俺は自分の力で願いを叶えてみせる」

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