【書籍試し読み版】魔眼の悪役に転生したので推しキャラを見守るモブを目指します

瀧岡くるじ/カドカワBOOKS公式

プロローグ


 ――目が覚めると、知らない場所にいた。


 蝋燭ろうそくが照らす薄暗い場所で、ふと意識が覚醒かくせいする。

 悪趣味なオブジェが並ぶ部屋の中央には魔法陣が描かれ、身動きができないように縛られた女の子が横たわっている。

 年齢は十歳くらいだろうか、メイド服を着ている。


「これは……一体どういう状況なんだ?」


 思わずそんな言葉が口から漏れた。

 壁に立て掛けてあった姿見に駆け寄って、自分の姿を見て驚く。

 そこには子どもが映っていた。

 一目で高級とわかる服。髪の毛はダークアッシュというのだろうか。黒と銀の中間のような色をしていて、ボサボサに伸びている。

 そして血のように恐ろしい赤色に染まったひとみ


「えっと……」


 おかしい。俺は十八歳の大学生で、病院に向かう途中で事故に遭って……それで。


「リュクス様? どうされたのですか?」


 縛られていた女の子がこちらを見つめながら心配そうに声をかけてきた。

 心配とは言っても、こちらの身を案じてというよりは「頭大丈夫かお前?」的なニュアンスだ。この奇妙な状況ではなく、俺がおかしいかのような物言いに引っ掛かりを覚える。

 いや、それよりもこのメイド、聞き捨てならないことを言っていた。


「ちょっと待って。今俺のことリュクスって呼んだ?」

「はい……貴方あなたはリュクス様ですので」

「間違いない? 本当に俺はリュクスなのか?」

「間違いありません。え、本当に大丈夫ですか?」


 リュクスといえば、俺が人生で一番ハマっていたゲームに出てくる敵キャラの貴族の名前である。


 うそだろ……。

 あまりに突然の出来事にいまだ混乱しているが、どうやらゲームのキャラクターに転生してしまったようだ。

 というか俺、あの事故で死んだのか。しかも転生先があのリュクスって……最悪じゃないか。




『ブレイズファンタジー』という恋愛アクションRPGがある。


 攻略対象の女の子たちの親密度を上げてハッピーエンドを目指す学園パートと、攻略対象や頼れる学友たちと協力して魔物を倒す戦闘パートを繰り返しながら、最終的に復活した魔王を倒す。

 自由度の高い戦闘、魅力的なヒロイン、種類豊富なイベントとサブストーリー。

 ヒロインたちと甘々な日々を過ごすもよし。

 戦闘を極めて最強チームを作るもよし。

 多種多様な楽しみ方ができる『ブレイズファンタジー』(略してブレファン)はかなりのヒット作として世に広まっていた。


 かくいう俺もその魅力に取りかれたプレイヤーの一人である。

 特に俺はキャラが大好きだ。各ヒロインとのハッピーエンドや特殊イベントを見るためなら、苦行のようなレベル上げや周回プレイにも耐えられた。

 だが一人だけ、嫌いなキャラがいた。

 いや俺だけじゃない。

 このキャラはブレファンをプレイした人ほぼ全員から嫌われるキャラクターだ。


 リュクス・ゼルディア。

 御三家と呼ばれる公爵家の生まれながら、その目に宿した魔眼の力のせいで多くの人たちから嫌悪され、さげすまれ生きてきた。

 生い立ちには同情するが、そのねじ曲がった性格には心底苛立いらだちを覚える。

 伸ばし放題の不潔な髪。

 歯ぎしりをしたり頭を常にボリボリいていたり、しまいには「ひょひょひょ」と笑ったり。

 おおよそ人間が不快に感じる要素を全て詰め込んだようなキャラクターだった。


 けれどリュクスが嫌われているのは何も容姿や性格のせいだけではない。

 ブレファンには五人の攻略対象……ヒロインがいるのだが、その五人のシナリオ全てで中ボスとして、リュクスがプレイヤーの前に立ちはだかるのだ。

 ヒロインを精神的に追い詰めて泣かせたり、選択肢によっては殺害するバッドエンドに直行したりすることもある。

 そのやり口は卑怯ひきょう卑劣で見ていて不快になるものばかりだ。

 そんな中で戦闘になれば、プレイヤーは容赦なくリュクスをぶっ殺す。

 今までさんざんイライラさせられてきたのだから、当然だ。

 しかしリュクスを殺せばスカッとするかというとそうではない。

 リュクスが死ぬことによって魔王が復活し、こいつの死体から魔眼を奪い、完全体へとパワーアップするのだ。

 死してなおラスボスの強化パーツとなりプレイヤーを苦しめる厄介な奴。

 それがリュクス・ゼルディアなのである。


 で、そんなキャラに転生してしまった俺は、将来学園で主人公とヒロインにぶっ殺された挙句、魔王の強化パーツになることが確定している訳だが……。


「主人公やヒロインには会いたい……是非お目にかかりたい。何故なぜなら俺はブレファンが大好きだから。でもぶっ殺されるのは普通に嫌だし、魔王に眼球をあげるなんてもっと嫌だ」


 さてどうしよう。


「あの〜リュクス様? 本当にお頭は大丈夫ですか?」


 俺が一人でブツブツ言っていたからだろう。

 縛られたままの少女が再び声をかけてきた。


「あ、ああ。もう大丈夫だよ」

「それはよかったです。リュクス様の身に何かあったのではないかと心配で」

「心配をかけてすまなかったね。ところで君はこんな気味の悪い部屋で一体何をやっているの? 大丈夫? その体勢、つらくない?」

「あ……あ……」


 俺の質問に、少女はピクリと固まった。

 そして――


「貴方がやったんでしょおおおおおおお!!」


 めっちゃキレた。


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