人見知りの独り旅

窪虚言

001 転移

私は誰かの記憶に残るのだろうか。


 頭に浮かんだことは情けない内容だった。歪んだ承認欲求に取り憑かれた人生の最後を締める自分らしい考えだと思う。


 人生に当事者意識なく、流されるまま終わっちゃったなぁ。

やっぱり人って死ぬ時は後悔ばっかりなんだ。


 意識が遠のいていく。


 段々と幸せな気持ちで頭が満たされて、いつの間にか


「こんな人生も悪くはなかったなぁ」


 なんて感じながら私の人生は終わったのであった。


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 目が覚めたら、草原にいた...目が覚めたら?

 そう、目が覚めたのだ。


「あれ、どういうこと?死んだんじゃなかったっけ?」


 状況が理解できない。

 先程まで走馬灯やら自省やらを頭の中で思い浮かべながら人生を締め括ったはずだ。


「うーん...」


 状況を即座に理解できず考え込んでしまう。


 その場に座って考える。まず、多分私は自殺をした。多分というのは、記憶が曖昧だからだ。


 ここ最近の記憶がかなり曖昧で良く思い出せない。一つわかることは最近すごく鬱っぽかったということだ。今はなぜか思考がクリアで当時の自分を客観的に思い出すことができるが、歯抜けの記憶全てが正常じゃない。


「思い返すと私、廃人みたいな生活してたなぁ」


 冷静になってみると恥ずかしい。途中から服を着るのも面倒で、常に全裸で過ごしていた。淑女にあるまじき痴態だ。


 寝てばっかの生活をかなり長い間続けてたと思う。「なんか、私死にそうだな」と漠然と思ってるうちに寝るように死んだ。いや、なんであの時、”死んだ”なんて思ったんだろう...まあいいか。


 とすると私は自殺なんてしてない。確かに廃人みたいな生活してたけど、全てに無気力だからこそ、自死を選ぶモチベーションもなかった。


「エコノミー症候群ってやつかな」


 ドヤ顔をする。まさか自分の死因を推理して、私かっこいい!なんて自画自賛する時が来るとは思わなかった。

ともかく自殺じゃなくてよかった。そんな寂しい死に方じゃなくてよかった。


 今は思考がすごくクリアになっている。クリアになりすぎて考えに耽ってしまった。兎にも角にも状況整理、状況整理っと。


 まず私は今、草原のど真ん中にいる。遠くには崖やら山やらが見える。ジュ○シックパークのワンシーンに出てきそうな雄大な自然だ。と思ったら、ジュラ○ックパークに出てくる奴らが遠くの方にいた。あの首が長いの、確かプラキオサウルスって名前の恐竜だったと思う。


「なんかプテラノドンもいる、あはは」


 おかしくて笑いが込み上げてくる。幻覚かな、とほっぺたをつねってみる。ちょっと痛い。まだ夢の可能性があるで、鼻を全力でデコピンした。


「あ痛った〜〜〜」


 痛すぎる。明晰夢とかじゃないや。まさかタイムスリップってやつなのかと思ってたら、プテラノドンがかえんほうしゃを打った。もうあれは実質色違いのリ○ードンだった。どちらかというとスマブラのリド○ーかも。


「とりあえず安全な場所に行かないと」


 現実を理解していくうちに心拍数が急上昇する。思考はクリアだけど、どこか現実味を感じていない自分もいる。不思議な感覚だ。


 周りを見渡すと、岩混じりの平原、阿蘇山に旅行に行った時を思い出す。平原すぎて隠れられる場所が近くにない、と思ったら2kmくらい先に陥没した穴っぽいのがあった。


 見つけた瞬間に走る。なんだか体が軽い。廃人生活をしていたとは思えないほどに体が動く。


 そして気づく、私は何故か革でできてそうな靴を履いていた。そういえば服装も、なんだか綿?いやこの荒さは麻かな、質素だけど雰囲気のある服になっていた。そんなことを考えながら1、2分ほど走るとマイホーム(予定)の穴ににたどり着いた。


「あれ、本当に隠れられる場所ある」


 と言いながらとりあえず斜面を下る。軽い陥没地だと思っていたけど、間近から見るといい感じに進める傾斜の洞窟になっていた。半円状のクレーターの斜面に横穴がある感じだ。クレーターといっても半径3m程だけども。


 明らかに熊とかがいそうで洞窟に入るのが怖いから、とりあえず襲われそうになったら入ろう。小心者なので、ここまできてビビってしまう。


 それまでは斜面に寄りかかって少しでも恐竜たちに見つからないようにしよう。平野で寝転がってるよりはマシ。マシだよね?


 洞窟を注視しつつ、反対側の傾斜に寄っかかる。


 ようやく一息つけたので今度こそ状況整理をする。

 まず私は多分地球じゃない世界にいる。そしておそらくこれは夢じゃない。いわゆる異世界転移ってのだと思う。


「ちょっと過酷すぎない?神様性格悪くない?泣いていいかな」


 と腕を組みながら悪態をついてしまう。


「返答はなし...ね。私神様信じる方だったのになぁ。神は死んだ...!」


 小声で大声を出すという器用なことをしながら、仕方ないので自分の服装と持ち物を確認する。服装はさっき言った通りで村人みたいな感じの服装をしている。ズボンも多分麻でできていて、ベルトでずり落ちないようになっていた。ベルトには麻袋がぶら下げてあった。


「いいものが入ってますように」


 と都合よく神様を復活させて祈る。中には何枚かの貨幣と長めのナイフ、鉄製の水筒、地図が入っていた。


 貨幣に関しては銀色の貨幣3枚、銅色の貨幣が10枚あった。ナイフは肘から手首くらいの長さ。よく見ると片刃で、長めのナイフというより短めの刀、いわゆる脇差っぽかった。


 謎なのは水筒だ。中には何も入っていないが下に向けると何故かゆっくりと水が出てくる。そしてぬるいなと思ったら冷たい水が出てきた。もしやと思い、冷たくなれやら暖かくなれやら念じると氷から高温の蒸気まで出てきた。量もかなり調整できる。ほぼ水魔法だ。


「これで私の生存確率が0%から3%くらいになったよ。ありがとうね、神様」


 どっちにしろほぼ自力でサバイバルしなければならないのだから皮肉気味にいう。


 あとは地図だ。正方形の紙の上に円形の地図が載っている。これまた謎な形式だと思ったら自分を中心に半径いくばくかの周囲を表示しているようだ。そして一番びっくりしたのが地図上を赤い点がいくつか動き回っている点だ。クレーターから頭を出して、その方向をそれぞれ確認するとプテラやティラノがいた。なるほどなるほど。


「生存率が80%くらいになりました。ありがとうございます。神様」


 今度は心の底からの感謝を神様に伝える。これらの道具を駆使すれば食料さえ手に入れば死ぬことはない。その食糧がネックなのだけどね。


 そしてこの麻袋、大きさ・重さが入っていたものの大きさと重さに全然一致しない。マジックバッグというやつだと思う。初心者セットが至れり尽くせりで熱心な信者になっちゃいそうだ。


 異世界転移だけではまだ確定ではなかったが人智を超えた神的な存在がいるらしい。こんな都合のいい道具が手元にあるなんて神が何かしたに違いない。


「あ〜、あ〜、ハロー神様、お返事ください、神様」


 返事はない。


「ゴッド、ゴッド、状況を説明してくださいください」


 やはり返事はない。


 5分ほど神と交信しようとあれこれ試したが、神と交信しようとしている21歳無職女、という行き過ぎた陰謀論者が出来上がっただけだった。結局、私は神様はいるが無干渉であると結論づける。無害なら放置なのだ。


「洞窟の中が地図の表示圏内かわからないけど」


 と独り言を言うと、地図が切り替わり、入り口から少し先まで表示された。 


「赤い点はなしっと。地図さんありがと」


 微笑みながらそういうと、私は少し、というかかなりドキドキしながら洞窟へと踏み入る。死にたくないので地図からは目を離さない。


 洞窟に入ると地図で確認できる範囲が広くなった。地上よりは狭いが目視できる範囲ではなく一定の範囲が表示されるようだった。


「よかった、敵はいない。やっと一息つけるよ。はぁ疲れた」


 少し奥に入ったところで座り込む。そして溶けるように背中から寝っ転がる。もはや汚れるとかどうでもいい。地面が冷たくて気持ちいいな。


 少しの放心の後に焦って地図を確認する。まだ安全なようだった。


 洞窟は想像した通り鍾乳洞っぽかった。灰白色岩が転がる草原を見た時からカルスト地形ぽいなとは思っていたが、ビンゴだったようだ。とすると近くに海がある可能性が高いかも、と考察してみる。


「いけないいけない、こうやって脱線しちゃう癖直さなきゃ。よし!気を取り直して今後の方針を決めないとね」


 自分でも不思議なくらい生きることへの活力を感じる。今の自分には人生を諦めるという選択肢は存在していない。人間、死が目前に来ると生きようとするんだろうな、なんてまた脱線しながらどうやってサバイバルするかを考えていくのであった。

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