第16話 黄色い衣

「アイツの娘、殺す」

 黄色いレインコートの女学生が無表情で言う。


「ここは私目にお任せください!!」

 背後から急に二人の男が現れ、割れた窓から飛び出し宙に浮かぶ女学生に掴みかかった。


「お逃げください!!」

 男たちは声を上げた。

 月の明かりが後ろから刺して祐樹からは顔が見えない。

 永遠はクティーラの入った瓶を抱きかかえ展望台の割れた窓から飛び降りた。


「うそだろ???!!」

 祐樹が追いかけガラスの無くなった窓枠から永遠を覗き込んだ。

 暗くて何も見えない。


「うわぁつ」


 声がした方を振り向くと何かによって男たちは吹き飛ばされた。

 暗闇の底に落ちていくのが解る。

 死んだな――そう薄っすら直感したのとほぼ同時に視界に入った其れは名状しがたいものだった。

 永遠の部屋を荒らしたのはこれに違いない。


 女学生の着るセーラー服のスカートの中から太いタコの触手の様なものが数本飛び出していたのだ。

 月明かりに目が慣れたためだろう、ぬらぬらとした質感がよく見て取れる。背中には蝙蝠の羽の様なものも生えている。


「い、いったいなんなんだよ……!!」


 祐樹の畏怖の念が最高に達した瞬間にそれは起こった。


「???!」


 閃光が東京タワーの下から放たれているのに気が付いた。


「派手な奴だ」

 少女の姿をした化け物が呟く。


 祐樹が再び窓枠から覗き込むとそれは発光体の様だった。


 おおよそ30メートルくらいの巨体が夜の街で光り輝いている。

 さきほどのクティーラの様に。


 改めてみると街は車のランプがでたらめに並んでおり、クラクションの音が鳴り響いている。

 どうやら階下では人々がパニックに陥っているようだった。


 それが気に障ったのか、渋々といった具合に女学生が言う。

「しかたない。ビアーキー、行け」


 祐樹の視界の中、空飛ぶ女学生の後方におぞましいものが迫ってくるのが見えた。

 鳥の様でそうでない。

 ヒトの形の体だが首が長く爬虫類の顔を持っており尻尾が付いている。

 それが月夜をバックに照らされて、無数に空に飛んでいるのだ。


 それはものすごい速さで、東京タワーの横を通り過ぎていった。


 そしてその空飛ぶ爬虫類顔達は散り散りにわかれていった。


 自家発電機を備えた建物のいくつかは光を取り戻していた。

 高層建築物のビルの間を無数のビアーキーが飛び交う。


 隣人が魚面に変わり襲い掛かる恐怖から、次は空飛ぶ化け物の恐怖人々を襲う。

 そう思われた。


 しかし――。


「おい! 爬虫類顔が魚人を食ってるぞ!!」

 ビアーキーたちは次々と魚面になった者達をついばみ始めた。


 足で器用に魚面だけをつまみ上げ空中で数羽のビアーキーたちによって噛みつかれ引き裂かれ、地面に叩きつけられ食していく。


 人々は最初こそ呆気に取られていたが、次第に空飛ぶものは味方だと認識するようになる。


「やっちまえ!!」

「魚面どもをやっつけてくれ!!」


 人々は希望を見つけたように、爬虫類顔に縋った。

 しかしそれは祐樹の目の届かない場所での出来事である。


 何が起こったのかわからない祐樹は黄色い衣の者を見上げるしかできない。


 そんな祐樹の事など知る由もないと女学生はフッと発光体の方へ飛び立っていった。


 *** テレビ局 ***


 テレビ局では非常用発電機で今も放送を続けていた。

「ダゴン様、停電で各家庭のテレビが映りそうにありません。」

「それでも満里奈くんの曲を繰り返しテレビとラジオで流すんだ。それだけでない、インターネットにも満里奈うたった”深きもの”の血を呼び覚ます歌をUPするんだ」

 ダゴンと呼ばれたのは元森プロデューサーである。

「今、クティーラ様はクトゥルフ様の選んだ引率者の元に居る。死んでもハスターから守ってくれるはずだ」


 *** 繁華街 ***


 クティーラはより一層、大きくなり輝きを放っていた。

「まだ小さいわ……」

 永遠は彼女の肩の上で呟いた。


 クトゥルフを生むにはまだクティーラの体は小さすぎる。

 永遠は引率者として、クティーラが大きく育つまで見守る義務がある。

「もっと、もっともっと深きものを呼び覚まし信仰を集め、人を殺し混乱の渦へ落とし込み畏怖を集めないと……。」

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