第5話 孤児院

 永遠と祐樹はタオルで体を拭いて、真知子から受け取った手料理を運んで二階の東側広間に向かった。

 そこは座室で部屋の奥にはスタッフ数名に囲まれて河合満里奈が座卓を囲んでいた。


「あっ」

 二人を見て満里奈が近づいてきた。

「こんにちは、貴方が祐樹ちゃん? かわいいね!」

「え?」

 永遠に向かって祐樹の名前を呼んでいる。

 どうやら間違えているらしい。


「私は新島永遠、祐樹はこっち」

 料理で両手がふさがっているので目で祐樹を差した。

 目で差した後に行儀の悪い事だと思ったがもう遅い。


「えっ、えっ??? やだ、私ったら。ユウキっていうからてっきり女の子かと思っちゃったわ。うちの孤児院にいるのよユウキちゃんて子が。ごめんね」


「ええ、大丈夫よ」

「俺も気にしてないよ。男でも女でも通る名前ってことは自覚あるし」


 ”うちの孤児院”という発言に二人は少し思う所があったが、家庭の事情は人それぞれだと追及はしなかった。


「それで、二人は付き合ってるの?」

「えぇっ??」

「ゲホゲホッ」

 突然の追及に永遠は声が裏返り祐樹はむせ返ってしまった。

 祐樹はとっさに唾が入らない様に料理を頭の上まで高く掲げることに成功した。


「その感じだと違うのかな?」


「えぇ、付き合ってないわ。良く間違われるのだけれど祐樹とは幼馴染で兄妹みたいなものなの」

 永遠の兄妹みたいなものという言葉に祐樹が落胆する。

 先ほどの一生独身宣言も重なり祐樹は心は重くなる。


「ふ~ん。そうなんだ。ふ~ん。そっかぁ。まぁ、それは置いといて、じゃぁさ良かったらご飯一緒に食べない? 折角知り合ったんだしさ。学校の話とか聞きたいな」

 満里奈の誘いに永遠は鼻からそのつもりだったらしく、

「いいわ、私もアイドルの話聞いてみたかったのよ」と答えた。


「剛田マネージャー! 私こっちのテーブルで若い人だけで食事したいです」

「あぁ、いいよいいよ。ごゆっくり」


 永遠と祐樹は料理をスタッフたちの座卓に置くと、満里奈がフライドポテトの皿だけ持って二人と一緒に少し離れた入り口側にある壁際の座卓に向かった。

 壁には民芸品が所狭しと並んでいる。

 今日は平日で他に客が居ない様子だ。


 永遠と祐樹は座卓に向かい合うようにして場所を取った。

「じゃぁ~満里奈はこっちに座ろうかな」

 そう言って満里奈は祐樹の隣に詰めて座った。

 黄色いキャミソールを着て露出した肩を祐樹の肩にくっ付ける。


 永遠は面食らったような顔をした。


 満里奈はからかうように言った。

「ふふふ。祐樹君て、好きな子いるの?」

「へ? 俺?」

 一瞬、永遠の顔を見てから永遠の一生独身宣言を思い出す。

「俺は居ないよ……」


「ふ~ん。じゃぁ立候補しちゃおうかな?」

「な、なにに??」


「彼女に!」


 この発言には二人とも目を白黒させて驚いている。


「冗談だよ♪ 私アイドルだから恋愛はご法度なんだ」

「お、驚かすなよ。俺、何か飲み物取ってくる」

 祐樹はからかわれて乱れた平常心を戻すために席を立った。

 それをわかっているのか暢気に「いってらっしゃーい」と満里奈は答えた。


 永遠はその一連の様子を見てほっと胸をなでおろした。


 満里奈は言う。

「今、安心したでしょ?」

「え?」

 永遠は満里奈の発言の意図が解らない。


「永遠ちゃんは祐樹くんの事好きでしょ?」

「そ、そんなことは……」


「私の人を見る目は確かだよ。祐樹くんも永遠ちゃんの事好きだろうね」

「そうかな……」

「そうだよ」


「でも煮え切らない何かがあるんだね? どう? お姉さんに相談してみない?」

「満里奈ちゃんって年上なの?」

「中三だよ」

「同い年じゃない」


「年齢はいいの。私の方が経験値おおいんだから」

「恋愛経験ないって言ってなかった?」


「恋愛の経験は無くても人生の経験はあるのよ」

「同じ年数しか生きてないのに言い切れるの?」


「まぁね、私、孤児でさ、いろいろな所を点々としてきて人を見る目を養わないと生きていけなかったのね。プロデューサーの目に留まってアイドルになってからはさらに悪い人が集まるようになってね、トラブル多くて人生経験知なら豊富なのよ」


 一息ついて満里奈が続けた。


「今の生活に不満はないけど制限が多くてね。

 だからね、私想うんだ。青春を謳歌できるならした方がいいって。

 恋愛とか特にそう思う。

 永遠ちゃんはなんか自分で幸せを制限しているように見えるんだよね。

 私の直感。

 それってとっても無意味な事だから、もっと気持ちに素直になったらいいよ。

 永遠ちゃんを大切に思っている人なら永遠ちゃん自身が幸せになる事を望んでほしいって思ってるはずよ。特に普通の親とかなら」


「普通の親か……」

 永遠はこの子になら自身の話してもいいかもしれないと思った。

 境遇の近いこの子なら自身の不幸を軽んじないだろうと感じ取っていた。


 永遠は話すことにした。

 街の人なら全ての者が知っている永遠の不幸な生い立ちについて……。

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