第4話 アイドル
防波堤の向こうへ行くと人だかりができていた。
祐樹が「あ、あそこ!」と指さした先に坂本一真が居た。
「坂本! お前何やってるんだ」
先生は怒っているわけではないが威圧的な声で聴いた。
「あ、先生。皆も……」
「これは一体何の騒ぎなの?」
永遠が訪ねた。
「はい! アイドルの
「え、河合満里奈ちゃんが??」
祐樹の声のトーンがいつもより高くなった。
河合満里奈とは今時珍しいソロアイドルで歌にバラエティーに演技にと何でもこなすトップアイドルである。
ハーフツインテールにした髪は自然な茶色で健康的である。
曲がスピーカーから流れてくる。
ピンクのワンピースを着用し浮き輪を小脇に抱えて砂浜で海をバックに歌って踊っている。
満里奈の歌とmelodyは緩く脱力系だが夏を彷彿させる力がある。
「かわいい!!」
一真が声を上げた。
「アイドルやべーな!!」
祐樹も其れにつられてテンションが上がる。
「さすがに可愛いな」
先生の心まで掌握している。
「んもう、男子は可愛い子にはすぐこれだ」
先ほどまで永遠に恋していたはずの男子の反応に美幸は不満を呈した。
「でも、本当。綺麗だし可愛いよ」
永遠の瞳には満里奈に従えられた海辺はなんだかいつも見ている海とは違うものかの様に映っていた。
撮影に携わっているスタッフたちの様子が慌ただしくなった。
「これから雨が降るので、今日はここまででーす。お疲れ様でしたー」
一真がスマートフォンを確かめる。
「あ、本当だ。これからゲリラ豪雨が来ますよ」
「残念だなー。もっと見たかったのに」祐樹は口惜しそうだ。
「噂ではまだこの町に居るそうですから、また見れますよ」
「いやっほーい!!」祐樹は上機嫌になった。
「男子ってホントゲンキンよね……」美幸が脱力して言う。
「よーし、じゃあ我々も回収したごみを持って学校に戻ろう。そしたら解散だ」
先生の掛け声に生徒たちはまばらに返事をした。
*** ***
下校中はさっきのアイドルの話で持ち切りだった。
「にしても、さっきの河合満里奈かわいかったなー。誰かさんと違って」
「五月蠅いわね」
田代祐樹は新島永遠をからかっていた。
祐樹の家は永遠の帰り道にあるため大体いつも一緒に下校している。
「ちょっとは見習ってお淑やかにしたら? それじゃぁ嫁の貰い手もないんじゃないか?」
ニヤニヤと永遠を見つめる。
祐樹は永遠を嫁に迎えるのは自分を置いて他に居ないと心の中で思っていた。
永遠と特別仲が良いのは自分位だと考えていたのである。
「おあいにく、私は一生独身って決めてるの」
「えっ?」
「愛だとか恋だとか、私信じてないの」
「えぇっ!??」
「祐樹も人の心配してないで自分の心配したら? この町を出て高校進学するんでしょ? 私はこの町に残るけど、祐樹はもっと勤勉になった方がいいよ」
突然の突き放すような発言に祐樹は戸惑いを隠せない。
言い返す言葉が浮かばない。
急にザぁっっと雨が降り出した。
二人は雨から逃げるように走りだした。
祐樹の家までつくと「雨が止むまで寄ってけよ」と言われたので永遠は「そうさせてもらうわ」と答えた。
祐樹の家は定食屋である。
名前は”定食屋 うおまる”である。
祐樹の曽祖父の代から続く老舗で、釣った魚をさばいて調理して提供してくれる釣り人に人気の店である。
定食屋の引き戸を開けるとカウンターから祐樹の母親の
「あーら、祐樹丁度いい所に、永遠ちゃんもいらっしゃい。雨大変だったでしょ。」
「おばさま、今日は」
「今タオル持ってくるからゆっくりしていってね。祐樹はお客さん来てるからすぐにお手伝いして頂戴。お料理できるところだから持って行って」
「えー。今帰って来たばっかりなのに」
「おばさま、私持っていきます」
「あらそーお? じゃぁお願いしちゃおうかな」
「かーさん、客人をこき使うなよ」
「私ならいいわよ、雨宿りさせてもらうお礼に手伝うわ」
「あら、ありがとうね。祐樹も永遠ちゃんを見習いなさいね。永遠ちゃんなんなら夕飯も食べてってね。」
「いえ、それは母に叱られますので」
「いーのいーの、
真帆とは永遠の母親である。
そしてこう続けた。
「それにね、今、河合満里奈ちゃんが来てるのよ。話し相手になってあげて」
「えっ! 満里奈ちゃん来ているの??」
祐樹の声が明るくなった。
「そう、うちには満里奈ちゃんと同い年の子供が居るって話したら会ってみたいって言うのよ。せっかくだし永遠ちゃんも一緒にね。二階の東の広間に居るから」
永遠はさっき見た光景を思い出す。
満里奈が歌って踊る海辺はいつもよりずっと綺麗に見えた。
不思議な光景だった。
会って話が出来るのならばしてみたいと思った。
「それじゃぁ、お邪魔します」
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