第11話 愛情のこもった弁当

 俺、桐本拓也はリムジンに乗って、ある女性の家へと向かっていた。


「拓也さん。そろそろ到着します」

「おう」


 ウォッカを一気飲みした。俺はあまり酔わないが、緊張からか少し酔い始めていた。

 女性の家が見えてきた。築三十年ははるかに超えていそうなボロアパート。

 運転手が駐車場に横付けするようにリムジンを停めて、俺に降りるように促す。


「ありがとう。先に帰ってくれ」

「ええ。分かりました」


 俺は車から降りて、真夏の日差しを浴びながら女性の部屋のインターホンを鳴らした。

 数分後、おずおずと女性――雪野香里奈が出てくる。


「あなたは?」

「博識連合・・・・・・」


 雪野の顔が蒼白になった。


「に対抗する、関東連合の拓也です」

 どっと安堵感に包まれているのを確認して、拓也は紛らわしい言い方をしてしまったな、と反省した。


「でも、そんな人がなにをしに?」

「俺はある物を渡しに。彼、田代広大はずっと心配していました。コンビニ弁当ばかり毎日食べていて、大丈夫かと。それで、彼なりに作ったのがこれです」


 そう言って、俺は彼女にB4のツバメノートを渡した。ぺらぺらとページを捲ると、書かれていたのは食事のメニューや作り方だった。


「あと、これも」


 そして最後に田代の通帳と印鑑を渡した。


「俺は、彼に最後の代弁者として彼女に会ってほしいと頼まれてました。その通帳には一千万円ほど入っています。それで借金が返せるはずです」


 雪野は膝を折った。大粒の泪を流しながら、嗚咽を漏らしている。


「自分を信じてください。彼はあの世からあなたをずっと見守っているはずです。不摂生な食生活だと彼が化けて出ますよ」


「そうですよね。分かってます」


 雪野は立ち上がり、「お弁当、今から作るんでどこか公園で食べませんか?」と笑った。

「いいですよ。でもどうして?」少々、俺はわざと焦ったように言った。時間がないアピールをして彼女の言葉の真意を探ろうと思ったからだ。


「すみません。独りになった瞬間、自分自身が壊れてしまいそうな予感がして」

 ノートを胸に手繰り寄せて彼女はそう呟いた。

「分かりました。あなたが安心するまで傍にいます」


 ◇


 公園の噴水は上がっていた。

 俺と雪野は公園のベンチに腰掛け、雪野が作った弁当箱を開く。厚焼き玉子に、ポテトサラダに、飯はピラフで。そんな豪勢ではないものの温かみのある弁当だった。豪勢な食事よりも、家庭的な食事というのは田代の考えだった。それを、ノートを使って忠実に再現している。

 雪野は俺の顔を伺っている。味の心配をしているのだろうか。俺はいただきます、と合掌し厚焼き玉子を一口食べた。咀嚼する度に甘辛い味付けが、田代の得意料理だった厚焼き玉子を思い出させる。

 すると、どうしてか雪野がハンカチを取り出した。


「えっ、どうしたんですか」

「泣いてますよ」


 俺は自分の顔面を触った。頬が濡れていた。

 ――ああ俺、淋しかったんだな。


「俺、あいつのこと好きだったんだよ。優しすぎたあいつが」


「私もですよ。彼に助けられてばっかりだった。彼が死ぬ三日前。手作りの弁当を作っていたらしいんです。冷蔵庫に私の名前が書かれた弁当が入っていたと警察の人から教えてもらって」

「そうなん・・・・・・すね」


 俺は空を見上げた。これ以上涙が出ないように。

「ありがとうございました。拓也さん。なんか、吹っ切れました」


 彼女は立ち上がり、バッグに弁当箱を入れて去っていった。

 俺はもう一度厚焼き玉子を食べた。咀嚼する度に涙の味が辛い味付けを紛らわす。


「借りは返したぞ。田代」

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