第9話 救われたコンビニ弁当

 俺は夜中先生の運転するベンツで、コンビニのおにぎりを頬張っていた。


「俺はね、田代広大という男は戦士だったんじゃないかと思うんです」

 口の中で踊っている白米と海苔を急いで飲み込んで、「どういうことです?」と訊ねた。


「彼、極秘裏に徴兵された特戦軍の第一号です」


 ん? 特戦軍ってなんだ?


「すみません、先生。勉強不足で。特戦軍というのは?」


「特殊作戦軍の略称です。第一空挺団に紐付けされた、海外の特殊部隊をベースで作られた超人部隊ですよ」


「・・・・・・どうして先生は田代がその部隊出身だと分かるんですか?」


「俺のダチに田代の代の士官学校卒業生がいましてね。こまめにそいつが田代に連絡を取っていたみたいです。その、情報源です」


 だとしたら信用に足るか。さすが著名漫画家だ。


「でもだとしたら? 鍛え上げられた肉体は簡単に衰えないだろうし。近接格闘だって習得済みのはず。そこら辺のチンピラには負けないはずですよ」


「わざと死んだとしたら?」


 不気味な笑みを称えながら先生はそう笑ってみせた。


「そんな怖い冗談言わないでくださいよ」


 もし、そうだとしたら。博識連合と関東連合をぶつけようと画策したことになる。自身が死ぬことによって。


 コインパーキングにベンツを停めて、そこから三十分ほど歩いたところに関東連合の渋谷事務所はあった。五階建てのビル。そして掃除組だろうか、ビルの前を掃除している頭髪を剃ったいかつい男達がいた。


 というか半グレが暴力団のようにきょを構えてもいいのだろうか。半グレの特性はねずみのように警察に捕まらないように巣穴に潜り、こそこそと違法行為をするものなのに。このビルは、関東連合の自信の顕れか。


「さあ、行きましょうか。事前にアポは取っております」

 俺は、夜中先生の楽しげな顔を見て、少々震え上がった。


「それで、なぜ田代は関東連合に博識連合を潰す協力要請をしたのでしょうか?」


 夜中と俺にビールを注いだ若者。そのグラスを回しながら薬とか入ってないよな? と心配になる。

 桐本拓哉は鋭い眼光をほとばせながら、笑った。


「女が関係してるとか? 確実なことは言えませんがね。一度雪野香里奈の仕事先に出向いてみては」

 そう言って渡されたのはソープランドのクーポン券だった。


「ぜひ、楽しんできてください」

 巧いこと話をはぐらかされたな。


 ◇


 ということで、俺と先生はソープランドに出向く。

 雪野を指名すると、「3Pコースは割高ですけどよろしいですか?」とボーイにそう言われた。

 俺たちは承諾し、室内に入る。

 黒い水着を着ている、冷徹という表現が正しいだろうか、厳しくも冷たい目でこちらを伺っている。


「今回はセックスをしに来たわけじゃないんだ。田代広大さんのことで詳しく聞かせてもらえないかな」


 夜中先生は優しくそう言った。

 彼女は一瞬驚いた表情になり、その後顔を背けて鼻を啜った。まさか涙を流しているのか。


「分かりました。話します。田代さんとは交際はしてなかったけど、それに近い関係でした」


「出逢いは?」


「私がある日、彼が働くコンビニへと行ったんです。缶ビールを手にとって、で空腹だったから弁当もと思ったんですけど、値段も張るし買えないなと思ったら、彼が奢ってくれたんです。下手な嘘を吐いてね」


「下手な嘘って?」


 彼女は大粒の涙を流し、震えた声で、


「サービスとしてお好きな弁当をおひとつプレゼントします、って」


 彼女は自身の膝を殴った。


「闇金から毎日のように日雇い風俗の給料をぶん取られて、もう限界だった私を、その言葉が救ってくれた」


 そして彼女は「彼は私の背後にいる博識連合を潰そうと画策してくれていた。それで恨みを買い、殺された。それってつまり、私が殺したってことじゃないですか」と嘆いた。

 夜中がありがとうございました、と呟き雪野の部屋から俺と共に出た。


「彼女、最悪なことになりませんかね」


「それって?」


「自殺、とか」

 夜中は一瞬無表情になり、


「彼女がそれを選択するのも、ひとつの可能性としていいんじゃないですかね。だって、生を選び続けていても、しんどいだけじゃないですか。大切な人も失った。生き続けるということは大変な労力が要るんです。もう辛いんだったら、死ぬということを選択したらいい。生きるアイデンティティ、死ぬアイデンティティ、どちらに傾くか、ですよ」


 夜中は至って大真面目に言った。生きることは別に高尚なことじゃないのだと。誰かが相手に生きろと言うのは、ある意味では無責任だと。



 そんな考えがよぎるということは、夜中先生は過去に何かあったのだろうか。想像力を働かせるが、俺のちんけなそれでは到底答えに辿り着けなかった。 

 

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