第6話 彼女と再び出会って

「ありがとうございましたー」


 俺は軽く頭を下げて、客の退店を見送る。そしてその客とすれ違うように一人の女性が来店した。雪野だった。彼女は厳かな雰囲気を醸し出し、何か意味を持った目線を投げてくる。俺は弁当のコーナーを指差した。今日も食うか? と。しかし彼女はそれに目もくれず、このレジに直進してきた。


「あなた、何をしようとしているの?」


「何がだよ」


玲美レイミちゃんのところに行ったでしょ。どうして私のところに来てくれずにナンバーワンソープ嬢に? やっぱりテクニックなの?

それとも顔面? どうなのよ!」


 俺は興奮する雪野を宥めようとする。その玲美というのは風俗嬢、レイのことだろう。今の彼女は、目の前が見えていないようだった。信用していた人に裏切られた、その思いで一杯なのだろう。信じていたのに。どうして、どうしてと嘆き、この店に来るまでもずっと苦しんでいたのかもしれない。


「ちょっと待ってくれ。この近くに24時間営業のマックがあるから。そこで。絶対に納得させるから」


 俺は彼女に一万円札を握らせ帰ってもらった。

 長く息を吐き、奥に控えていた店長に早退する旨を伝える。


「いいよ。でも田代ちゃん、女性関係の問題は気を付けないとね」


「そっすね。分かりました」


 五十過ぎのおっさん店長がそう注意してくる。俺はそれに苦笑して返した。



 一時間後、雪野がいるマックに訪れると彼女はしかめっ面をしてドリンクを飲んでいた。


「よお、待たせたな」


「なにそれ、ほんと軽薄。あなたってそういう人間だったんだ。なにが女を一時間以上待たせて、『待たせたな』よ」


 俺はすまないと言った。まるで今の彼女は冷徹な薔薇のようだった。安易に触ると刺により、出血する。しかしそれが逆に相まって彼女の美しさを引き立たせる。けれども俺にとったら焼け石に水状態で、少々面倒だ。


「悪い、でどうしてお前の風俗に行ったのか、だけど・・・・・・お前に憑いている暴力団について知りたかったからだ」


 すると彼女は目を丸くさせた。


「それって、私を助けようとしてくれているの?」


「ああ、そうだ。でもそんな行為に自信を持てない自分がいる」


「どういうこと?」


「自分にとっての正義が、誰かにとったら悪であることは珍しくないからだ。だから俺がお前を助けようとしているのも、所詮は偽善的かもしれない」


「なぜ、そこまで誠実なの。いや、利他的と言ったらいいかもしれない」


「どうしてかって? それは俺は昔、自衛隊に所属していたことが関係しているかもしれない。存在が明るみに出ない特殊作戦軍という部隊に配置されていた。そこでの実践は、誰かの命を”殺す”ためのものだった」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 まだ俺が二十五歳の若僧だった頃だ。士官学校を首席で卒業した俺は、特殊作戦軍に移動が命じられた。上も俺に期待してのことだろう。

 しかしそのあと、イラン・イラク戦争が始まり、極秘裏に韓国軍とアメリカのグリーンベレーと共に戦争地に派遣され、制圧作戦の任命が下った。決して表に出ない、出せない軍事外交である。

 そこで、圧倒的な差別意識を埋め込まれた。ゲノムセラピーを施され、黒人に対して殺戮意識を芽生えさせるためのものだ。

 殺せ、殺せ。自分の中の葛藤を押さえるためのブレーキが壊れた瞬間を自覚した。

 しかし奴等は森林地区に姿を隠し、輪を描くように俺らを囲み銃弾をぶっぱなした。

 俺の友人と他三名の特戦軍は撤退を余儀なくされた。

 生き死にが関わってくると、人間の暴力性が如実に覚醒してくる。本能に訴え掛けてくる。

 そしてそんな血みどろな部隊に飽きた俺は除隊した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ある意味では、俺はそこら辺のヤクザなんかよりも狂暴かもしれない。人を殺したことがあるのだから」


「そうなんだ・・・・・・」


 俺は苦笑した。関係無い話だったかもしれない。でも俺のこの悲惨な昔話を誰かに吐露できたことは嬉しかった。

 すると彼女は俺の手を掴んできた。そして上目使いに俺を見つめてくる。


「あなたは十字架を背負っているのね。でも、だとしても私にとったら関係ない。あなたは誰かを助けることに理由なんて必要な人なの?」

「ッ――」


 俺は息を呑んだ。雪野は潤んだ瞳で窺ってくる。その意図は、きっとこの男を利用したら自分が暴力団から解放される、だから利用してやろうという目だ。そのことに、すこしばかりの寂しさを感じた。

 力は誰かを守るためにも、傷つけるものにも、他人に利用されることにも使われる。

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