第4話 ソープのバックには、極道がいる。

 ソープランドに来たのは、人生初だった。

 豪奢な雰囲気に、薫る桃色の厭らしさ。

 シャツ姿のボーイが、「誰をご指名ですか?」と訊ねてくる。俺がおどおどしていると、ボーイが微笑んで壁に貼られた写真欄を見せてくれた。


 そこには水着姿の雪野がいて、こちらを――カメラマンの持つカメラのレンズを、冷酷に見つめている。まるで、なにかを断罪するかのようだった。それは親に対してなのか、はたまた非力な自分自身に対してなのかは想像が付かない。


 俺は、「ここで一番、接客がうまい女性は誰ですか?」と聞いた。すると少し含んだ声音で、レイ、と言い、書かれた女性を指差した。どこか魅惑的で写真からでも窺えるほど華奢な身体。そして笑みを溢すその人は雪野と違い、情熱さも持ち合わせていると感じた。


 じゃあその人で、とレイを指名する。

 101と数字が乗ったプレートを引き下げている扉を開けると、ライトブルーの爽やかな水着を着ているレイがベッドに座っていた。顔立ちは写真よりも整い、部屋には石鹸の香りが鼻孔をくすぐってくる。それらが相まって自然と落ち着いてくる。


「じゃあお客様、今回は三十分コースなので、どうぞお楽しみください」


 ボーイはそう告げて、立ち去っていった。するとレイはタイマーを付けて、俺の方を向き、ではお風呂場へ行きましょうか、と言う。俺はそれを手で制した。


「聞いてもいいか?」


「え? はい何でしょうか」


「このソープランドのバックには、どこの組が関わっている?」


 するとレイの目の色が変わる。スマホを取り出し、どこかへ電話しようとする。

 まずい、と思った。制止するために「俺は雪野と知り合いなんだ」と喋ると、疑った目でこちらを見つめて真意を確かめてくる。


「正直に告白する。俺は雪野の過去を知っている男だ。あいつを助けてやりたいが、どうすればいいか分からない。だから俺を導いてくれないか」

 頼む、と頭を下げた。レイはまだ疑っているようだったが、スマホを閉まってくれた。そしたら豹変して尖った声で、「客じゃないんだったら、煙草ぐらい良いよね」と呟きジッポで咥え煙草に火を付けた。


「博識連合」

「え?」

「香里奈ちゃんのバックにいるヤクザの名前。ここら辺一体はそのヤクザのシマだよ。この店も博識連合の業務傘下だしね」

「やっぱりヤクザには適わないのか。男一人だったら」

 レイはフフッと嘲笑を見せた。その表情はまるでバカな子供を嗜めるような感じだった。


「映画じゃないんだから。そう都合よくはいかない。というか、あんたはそもそも香里奈ちゃんの何なの?」

「ただのファンだよ」俺はこう言うしかなかった。冷徹で機械のような彼女に一目惚れしてしまい、ずっと存在を渇望し続けてしまうファンだ。

「ただのファンに弁当をあげるの?」

 その言葉で、俺は驚いてしまった。「どうして知っている? 俺が彼女にコンビニ弁当をあげていることを・・・・・・」 

 薄気味悪い笑みを浮かべている彼女。


「彼女、スッゴい喜んでいてさ。あんたの名前も知っていたわよ。田代広大さん」

 なぜ名前まで? あっ、コンビニの制服の名札か。


「今すぐ彼女の許へ行ってあげたら?」

「いや・・・・・・それには及ばない」


 レイは目を細めた。「これだから男は――」


「そういえば説明がまだだったわね。香里奈ちゃんと私は同じ時期にこの店に来てね。しんどいときも嬉しいときも、その感情を分かつほどに。それだけが、私の身体を愛撫するように癒してくれた」


 ピー、ピーとチャイムが鳴る。「残り十分ね」と彼女が告げる。

「いい? 今から言うことは口外禁止よ。じゃないと私は博識連合に回されて殺される。

 ヤクザは昨今経営に苦しんでいてね。斜陽企業と言っても違いはないの。だからあなたはまず、目立つ行動をしなさい。そうして奴等の経営がこれ以上傾くことになったらあなたの許へ組員がリンチに向かうわ。それを耐えなさい。そして、警察に駆け込んで被害届を出して。すれば博識連合はしばらく動けない。そのうちに香里奈ちゃんを連れて高飛びしな」


「目立つ行動って何だよ」いろいろツッコミどころ満載の彼女の作戦に、俺はそう言った。

「そんなことぐらい、あんたで考えな」


 そして俺はソープランドを出た。そしてそのまま夜勤の勤務のため、コンビニに向かった。

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