第3話 情事のあとに飲むドリップコーヒーとコンビニ弁当

 覚醒すると目の前に雄大に回っている回転式のライトが点灯していた。桃色の天井を知り、ここはラブホテルだと自覚する。それに少々、恥ずかしさをも覚えた。


 隣を見ると、裸身に同じ布団を被って寝ている美しい女性がいた。名前は雪野。そんな名前のように、何かしらにしても氷結な女性だった。体温、性格、セックスのときの喘ぎ声。だがそれが男の独占欲を掻き立てた。だからこそ、俺は今彼女と同じ部屋にいる。


 彼女も目覚めると、下着を付け始め、それからシャツを羽織った。


「近くの公園に行きませんか?」


「どうして?」


 彼女はあっという間に着替えを終わらせ、俺を見下ろしてきた。


「ほら、公園の方がムード出るじゃないですか」


 なんのムードだよ、と突っ込みそうになったがそれを堪えた。彼女なりになにか思ってのことだろうから。


「初デート、です」


 そう言われて、俺も手早くポロシャツとジーンズを身に付けて彼女と手を繋いで歩き出した。


 新宿の公園は汚い。ホームレスは物乞いし、いきる希望がない若者が川へ投身自殺を図ったあとの、手向けられた花が横たわっている。生と死の狭間と表現するのが的確だろうか。

 ベンチに座り、近くのコンビニで購入した海苔弁当と白身魚フライ弁当を開ける。飲み物はドリップしたてのブラックコーヒーだ。


「なあ、君は今の環境から逃げようとは思わないのか?」


 闇金に売られて、親の借金の分だけ働かされて、賃金もほとんど奪われて、はっきり言って何のために生きているのか分からないじゃないか。

 彼女は俺の白身魚フライを奪い取り、口にいれた。租借しながら、「私、生きる意味が無かったんです。母子家庭だったんですけど、母親が相当のクズで、一晩中どっかのホストとエッチしまくって、パートの給料もホストに貢ぐために消える、みたいな。六畳間の自宅は、ほんとピリピリしてましたよ。空腹を我慢するために、中学生でウリやって、おっさんのちんこしゃぶる代わりに一万円もらう、感じで。そうやって何とか生きてたんですけど、もう疲れちゃって。もうそろそろ借金の肩代わり分、返済終わりそうだからもう死のうかな、なんて」と最後に微笑んだ。


「それは雪野さんの本心なの?」


「え」


「俺はそうは思えない。あんなセックスが出来る奴が希死念慮? 笑わせんなって」

 雪野が控え目に目蓋を伏せた。

 俺はまっすぐ雪野を見た。肩を掴み訴え掛ける。彼女は驚いていた。


「俺はあんたが好きかもしれない。だから弁当を奢って、なにかしら期待していたかも。でもさ、そういうのってずるいかもなって思う。だってよやってること売春のおっさんと同じだぜ」

 雪野は首を振った。


「違う。あなたはそんな最低な人じゃない。本当にあの弁当には助けてもらったし、それにすがってしまうほど私は憔悴しきっていたの。それを助けてくれた。昨日のセックスはお礼のつもりだったんです」

 雪野は静かに泣き出した。それを遠望みたく眺めながら、俺は息を詰まらせた。

 彼女を助けたい。そう思った。でもおこがましいかもしれない。だって俺はただのコンビニ店員だぜ。

 

 しかし、その夜俺は雪野が働いているソープランドへと向かった。

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