第2話 雨粒

 その日は雨が降っていた。横向きの風に流されて雨粒がガラスに打ち付けられる。コンコンと音が鳴る。


 するとチャイムが響いた。見やると例の女性――が立っていた。またいつもと同じように缶ビール二本とそして俺が懲りずに弁当のサービスで鮭フレークのものをレジに持ってきた。今日もこの弁当は俺が支払うのだ。


 会計の際に彼女は名刺を渡してきた。それには歌舞伎町の有名ソープ店の屋号と電話番号、水着姿の女性がプリントされていた。

 俺は、正直に言って意味がわからなかった。どうして彼女はこれを渡してきたのだろう。俺は小首を傾げた。


「どうしてこんなものを?」

「あなたから弁当をサービスしてもらったのは系五回。三百八十円の弁当に掛ける五回をすればだいたい二千円。ソープはおよそ五千円だけど、残りの三千円はサービス」そう言ってまたぎこちない笑みを見せたし、その声も機械仕掛けのオルゴールのように人間らしい声とは思えなかった。でも甘美的で、それは優しく耳を打った。


 彼女の姿を改めて見る。女性は今日も、どこかの店でおっさんのブツをしゃぶってきたのだろうか。こんな冷徹で機械みたいな雰囲気の女が。似合わない、とも思った。しかしそこまで考えて風俗に似合う女性とは一体なんだ、と感じた。

 俺は、女性に名前を聞いた。雪野香里奈というらしい。


「俺、風俗とかに興味はないから」

「もしかして性欲ないの?」

「フェラは間に合ってるんだよ。というか、君にそういうことをされたくない」

「あっ、そう。それはどうして?」

「雪野さんは俺にとって愛玩具ではないからさ」


 精一杯の道徳心で言った言葉だった。しかし弁当を渡したのは正直に言えば下心があった。新手のナンパのつもりだった。ずるかったかもしれない。金銭がわびしい感じの女性に、金で釣るような真似をして。不貞だった。


 彼女は上目使いで俺のことを見つめてくる。それが欲情を体現しているようで。何かしらの意図が含み合わさった、それはセクシャリティだったり、ドメスティックであったり。それらを介して、訴えかけている。それがとても不埒で、女という武器を最大限利用している行為でもあった。

 俺は観念して、両手を上げて降参のポーズをとった。もう好きなようにしてくれと。


 その日、俺は彼女とラブホテルへと向かった。

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