第10話 このままでは嫌だから

「だぁぁぁ!!」


 俺はお菓子の袋を跳ね除けて素早く立ち上がる。


 細かく考えるのはやめだ! こいつをすぐに倒して花華を助けに行く!! それだけだ!!


 魔物に向かって再び蜘蛛の糸を放ち雁字搦めにする。動けなくなったところでボタンを三回押す。

 持っていた弓が熱を帯び始め、光輝く矢が出現する。俺はそれを引き絞り奴に照準を合わせる。


「発射!!」


 片手を離し、その矢は音速を超えて魔物の胸を突き刺す。ビクンと一回体を跳ねさせた後奴は動かなくなり今度こそ絶命する。

 

「花華!! 大丈夫か!!」


 俺は剣を引き抜いてすぐに彼女の元まで駆けつける。膝を突いている彼女に下されるトドメの一撃を俺は剣で受け止める。

 振り下ろされた鋭利な足がギリギリと剣を押し始める。先程の戦いで何度も体を強打したせいで上手く力が入らない。


「クソ……力が……」


 俺は空いている手で持ち上げられ逆方向へと投げられてしまう。床に叩きつけられその上に馬乗りにされいくつもの鋭利な手が迫ってくる。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 なんとか剣と弓で抑えようとするが、体勢と俺の体力の関係上それも厳しくなってくる。


「花華ぁ!!」


 彼女に助けを求めるが足を震わせ呼吸は荒く、明らかに正常でないその姿に援護が絶望的なことを確信する。

 俺が異常なのだ。安全なんてない、こんな命の危機がすぐそこまで迫っている状況で冷静な判断ができる自分の方が。

 とはいえこのままではまずい。現状打開策がない上パティシーに手を伸ばす余裕がない。ボタンも押せないしアーマーを変えることすらできない。


「嫌だ……このままなのは……嫌だ!!」


 彼女は震えながらも立ち上がり銃口を俺に覆い被さっている魔物に向ける。叫びながらも正確に魔物の背中を撃ち抜き硬い外皮に傷をつける。

 牙を抜かれた獣が再び反抗したことに驚き一瞬俺を掴む力が弱まる。

 その隙を見逃ず奴との間に足を捩じ込み蹴り上げて退かす。


「ありがとう助かった!!」


「はい!! 必殺技で一気に決めましょう!!」


「あぁ!!」


 俺達はボタンを三回押し、お互いに大技を放つ準備をする。

 俺の腹から肩にかけてくっついていた八本の蜘蛛の足が離れて、ゴムのように伸びて奴の全身を貫く。そして足は一気に縮みその勢いを利用して熱を帯びた足で奴を蹴り上げる。

 奴は天井にめり込み、落下する際その体を花華に完璧に捉えられる。


「ファイヤー!!」


 引き金を迷いなく強く引き、灼熱の光線が奴を押し出し消し炭にする。

 ビームは天井を貫いて空に消えてそれと同時に奴の命も潰える。


「ふぅ……助かった……」


 もうこれ以上魔物の気配がないので俺と花華はパティシーを外しアーマーを解除する。

 

「あ、あのっ……ごめんなさい。すぐに助けられなくて」


「いいよ。だってあんな状況じゃ混乱したり怖くなったりするのも当然だよ」


「でも私……女の子を助ける時も一瞬固まっちゃって。パティシーっていう戦える装備があるのに、自分のことだけに必死になっちゃって……」


 情けない自分が悔しいのだろう。少しは変われたと思っていた傲慢な自分が許せないのだろう。目に薄らと涙を浮かべ拳を強く握る。


「お姉ちゃん!!」


 先程逃げ遅れた女の子がこちらに駆け寄ってきて花華に抱きつく。


「はわわっ! だ、大丈夫だった?」


「うん! お姉ちゃんが守ってくれたから! ありがとうお姉ちゃん!」


 女の子の純粋な笑顔に絆され花華の顔も明るくなる。その後女の子を親の元に返し、俺達はまたスーパーの中まで戻ってくる。警察に事情を説明しないといけないからだ。


「そこの君達!」


 警察が着いてその場で色々事情聴取を受けていると一人の男性がこちらに歩いてくる。

 年齢は三十半ば程で顔立ちは整っておりスーツで気品の感じる男性だ。制服は着ておらず警察には見えない。


「あなたは……?」


「オレは株式会社サブネルソンの者だ」


 彼は俺と花華にそれぞれ名刺を渡してくれる。そこには"株式会社サブネルソン 専務 敷島大吾"と書かれている。

 つまりダンジョンを見つけ配信や変身システムを作り出した企業の重役がわざわざここに赴いたということだ。

 俺達は開いた口が塞がらなくなる。普通に暮らしていたら関わることもない住む世界が違う人間。そんな人が突然目の前に現れた。

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