第27話
「いいいいいよっしゃあああああああああ!」
渋々俺が了承すると、朝比奈さんは→↓↘+Pで出る対空技みたいな勢いで喜んだ。
「そんな喜ぶ事かよ……」
「喜ぶでしょ! 最初からずっと言ってるし! ぶっちゃけ無理だと思ってたもん!」
おいおいダメ元か?
まぁ、あれだけしつこく拒否っていれば当然かもしれないが。
「そうと決まれば急ぐがジャスティ! なるはやでやるコス決めて製作入らないと! 黒田君はなにしたい?」
「なんでもいいって。朝比奈さんに作って貰うのに贅沢言いたくないし」
「そういうわけにはいかないっしょ! 黒田君の記念すべき初コスなんだよ! 今後もコスプレ続けて貰う為にも最高の思い出にしなくっちゃ! あたし頑張るから、とりあえずやってみたいコスなんでもいいから言ってみて!」
朝比奈さんはすっかりその気だ。
了承したとはいえ、俺はそれほど乗り気じゃなかったから温度差がエグい。
「そう言われてもな。なんでもと言われると逆に困ると言うか。琢磨達との勝負もあるし、なんでもってわけにはいかないだろ」
「それはそうだけどさぁ」
「てか、コミケでコスプレ勝負って言っても勝敗はどうやって決めるんだ? コンテストでもやってるのかよ」
「ううん。そういうのは特にないけど。レイヤー同士なら雰囲気で大体分かるよ。あ、これは負けたわ、みたいな」
「なんか達人同士の勝負みたいだな」
「あははは、確かに! ちょっと似てるかも!」
「あとはまぁ、どうせやるなら琢磨達には勝ちたいよな」
「じゃあ、第一目標は二人に勝つ事で! その為にはどういうコスしたらいいかで考えてみる?」
「いいけど……。なんか朝比奈さん、慣れてるな」
「冬花ちゃんとはいつも競ってるし? コミケのコスは特別だからね」
「そうなのか?」
コスプレ自体初めてだから、なにがどう特別なのか分からない。
「前に言ったじゃん? コミケのコスはお祭りだって。普段のイベントはやりたいコスしに行くんだけど、コミケみたいな大きいイベントはもっと外向きっていうか、周りを楽しませる為にコスしに行く、みたいな感覚かも?」
「なるほどわからん」
「例えばさ、コミケって結構ネタっぽいコス多いんだよね。その時の時事ネタとか。前回だったら8番通りってホラーゲームのモブおじさんとか?」
「ネットで見た! 誰得だよって感じだよな! しかも五人くらい被ってなかったか?」
「そうそう! それが逆笑えるみたいな? 途中で初期位置にある看板とか異変ポスターコスとかも合流して8番通り併せになってたし。コスとしてのクオリティは別に高くないんだけど、面白いから優勝! みたいなノリじゃん?」
「なるほどな。それは理解出来る」
「あとは普通に流行ってるアニメとかソシャゲのキャラなんかが多いかな。それかそれ系のネタコス?」
「〇ェーンソーマンが流行ってた時にいたコベニの愛車コスみたいな?」
「そうそう! そういうの! 一発ネタなのに無駄にクオリティー高い所が高評価だよね!」
「なるほど……。そういう路線か……。それなら俺にもワンチャンあるか?」
「あ、待って。自分で言っといてなんだけど、初コスでそういうネタコスはオススメしないかも。性癖歪むっていうか、ああいうのはベテランレイヤーとか、コミケだけコスしに来る人の遊びみたいな所あるし。流行りとか関係なく普通に好きな作品のコス直球で投げて来る人も多いから。初めての黒田君にはそっちの路線をオススメしたいんだけど」
どうしてか、朝比奈さんの言葉が真剣さを帯びた。
「そうは言うけどさ。俺と琢磨じゃモデルが違い過ぎるだろ。悔しいけど、今の琢磨はなに着たって似合いそうなマッチョ野郎になっちまったし。正攻法じゃ勝ち目がないぜ」
「そういう所!」
咎めるように、ピシリと朝比奈さんが指を立てる。
「コスプレは自由だけどさ、あたしは後ろ向きな理由でコスするのは好きじゃないから。みんなを楽しませる為のネタコスなら良いけど、自分なんか普通のコスしても似合わないみたいな理由でネタコスしたら、ずっとそういう感じになっちゃうよ。悪い言い方になっちゃうけど、逃げのコスって言うか。黒田君にはそんな風になって欲しくない」
「厳しいな……」
「……ごめん。傷ついた? コスの事になると熱くなっちゃって……」
「いや。反省した。完全にその通りだ。男同士の勝負だもんな。ネタに逃げたら琢磨にも失礼だ」
俺の言葉に朝比奈さんはホッとした様子だ。
俺としては、私的してくれてありがとうという感じだが。
「うん! それにさ、あたしは別にモデルとして黒田君が三浦君に負けてるなんて全然おもってないから。方向性が違うだけでどっちにも得意な分野と苦手な分野があるっていうか。そういうのを上手く生かしたり、努力と工夫で乗り越えるのがコスプレの醍醐味だと思うし!」
「そういうもんか?」
「そうだよ! 言っちゃえばさ、似合うキャラが似合うのは当たり前じゃん? それよりも、似合わないキャラを頑張って似合わせる方が愛を感じるって言うか。別にどっちが良いとかいいたいわけじゃないけど。それでもやっぱり、そこまでするか! っていう執念みたいなのに凄味を感じる瞬間はあるわけ。小さくて可愛い女の子が厚底履いて厳ついメイクして、付け髭に肉襦袢の甲冑でおじさんキャラやるみたいな。あぁ、この子本気でそのキャラ好きなんだなって。そこに感動しちゃうんだよね」
「それはまぁ、分からなくもないけど……」
生憎俺にはそこまでの執念も、それを実現させる為の技量も、そんなキャラを見出すだけの愛すらない。
そう思うと、俺って薄っぺらいオタクだ。
「それはそれとしてさ! あたしは女装コスをオススメしたいんだけど!」
そちらが本命だったのだろう。
朝比奈さんがニコニコしながら言ってきた。
「は?」
思わず低い声が出る。
「待って! 聞いて! 黒田君が格好いいに憧れてるのはあたしだってわかってるから! それはそれとして! 特にやりたいコスがないならさ! そういう路線もあるんじゃないかと!」
「ないだろ」
微塵もない。
なにを言ってるんだこの女は。
「あるって! 冬花ちゃんの事だから、コミケのコスでは絶対三浦君のマッチョなボディを活かしたコスを出してくると思うんだよ! 露出度高くて男らしいマッチョなキャラ! それに対抗するには、こっちも持ち味を生かさなきゃ!」
「それが女装か?」
精一杯の抗議の意思を込め、俺はジト目で朝比奈さんを睨む。
「そう!」
朝比奈さんは自信満々に頷きやがった。
「……俺達の友情もこれまでみたいだな」
「待って! 聞いて!」
「聞いてるだろ!? なんだよ女装コスって! 俺は男だぞ!?」
「だからいいんじゃん! 女の子が女の恰好したって女装とは言わないでしょ? つまり女装は男の子にしか出来ない事だよ! これって物凄く男らしくない!?」
「たしかに……ってなるわけねぇな!?」
「待って! 聞いて!」
朝比奈さんは完全に女オタクモードで待って! 聞いてを連発する。
「黒田君は誤解してるから! 女装って言ってもアレだから! 男の娘みたいな奴! それも本当はやりたくないんだけど事情があって仕方なく着させられてるみたいなの! 心の中は男らしいんだけど見た目はショタい美少年みたいな子が! 具体的にはコレ!」
朝比奈さんがスマホを向ける。
出てきた画像は大人気ラブコメ、『俺のクラスのヤベェ奴』のコミケでコスプレする回だ。
本作は陰キャオタクの主人公とモデルをやってる陽キャギャルのじれったいラブコメ作品なんだが、その回ではコミケで公式コスをする事になったヒロインに同行した主人公がひょんな事から病欠した他のモデルの子に代わってとあるソシャゲの美少女キャラの水着コスをする事になる。
ヒロインの為に主人公が恥を忍んで女装コスをする場面は確かに感動的ではあるのだが。
「……俺に女物の水着を着ろと?」
「絶対似合うよ! 黒田君なら200パー可愛い! 丁度この回日焼け後の話だし! 見た目も中身も完全一致じゃん! 美少年の女装コスとか絶対バズるし! これなら優勝間違いなしだよ! あたしがヒロインやるからさ! 大丈夫! ちんちんは前ばりすれば隠せるから!」
そんな事を言われても俺の目はどこまでも冷ややかなのだが、大興奮の朝比奈さんはこれっぽちも気付きやしない。
「……てかそれ、朝比奈さんが俺にそのコスさせたいだけだろ」
「そうだよ?」
それがどうしたと言わんばかりに朝比奈さんがキョトンとする。
しまいには。
「だって黒田君着たいコスないって言うし。友達に着せたいコス着せるのもコスプレの醍醐味だから!」
ドヤ顔でグッと親指を立てやがる。
「なるほどな」
俺はスゥーっと息を吸い。
「絶対に嫌だぁ!」
当たり前だろバカヤロー。
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