第26話

「見て見て黒田君! じゃじゃ~ん! 綺麗に焼けたっしょ?」


 朝比奈さんが家に来るや、いきなりペロリとTシャツの前をまくってお腹を見せた。

 先日のプールにより、真っ白だったお腹は他の部位と同様こんがり小麦色に染まっている。

 残念な気もするが、これはこれで味わい深い……。

 とか言ってる場合じゃない!


「どわ!? いきなりやめろっての!?」

「あははは! い~じゃん別に。水着で散々見たんだし、今更恥ずかしがる事なくない?」

「それとこれとは話が別だろ!」


 そもそも俺は最後まで朝比奈さんの水着姿に見慣れる事はなかったし、これから先も未来永劫見慣れる気がしない。

 それくらいドキッと眩しいお腹なのだ。


「そういうもん? てか、黒田君も焼けちゃったねぇ」


 朝比奈さんが距離を詰め、マジマジと俺の顔を観察する。

 やっぱり俺はドキッとして、思わず距離を取りたくなるが、そう毎度童貞ムーブをかましていたら流石に恥ずかしいので、グッと堪えて平気な振りをした。


「な、なんだよ……」

「ん~。日焼けしたらさ、なんか男の子っぽくなっちゃったなって」

「……悪かったな。どうせ俺は男らしさの欠片もないもやし野郎だよ」


 先日のプールでマッチョになった琢磨を見て、俺は痛感していた。

 俺には男としての魅力が欠けている。

 こんなんじゃ、朝比奈さんの隣に居ても恥ずかしい。

 別に本当に付き合ってるわけじゃないけれど。

 それはそれとして、俺は俺自身の見栄の為、もっと格好いい男になりたかった。

 なんだか色気づいたみたいで恥ずかしいけど、これからはもっと運動にも力を入れたい。

 いつまでも琢磨に対して引け目を感じるのも嫌だしな。

 そんな俺を見て、朝比奈さんは無邪気に笑う。


「あははは。も~、なに拗ねてんの? 普通に誉め言葉じゃん? 褐色ショタみたいであたしは可愛いと思うけど」

「あのなぁ朝比奈さん。男にとって可愛いは誉め言葉にならねぇから!」

「それは主語が大きくない?」

「俺にとってはそうなの!」

「はいは~い。黒田君は格好よくなりたいんだよね? わかってるって! それよりさ! もうすぐコミケじゃん? そろそろ衣装作らなきゃなんだけど、黒田君の部屋で作業してもいい?」

「別に良いけど……」


 俺と朝比奈さんの仲だ。

 その程度の頼み事ならお安い御用。

 朝比奈さんがコスプレ衣装を作る所にはちょっと興味があるし。

 それはそれとして。


「てかさ! 折角なら黒田君も一緒にコミケでコスしない?」


 ほらな。

 そう来ると思ってた。


「嫌だって! 百歩譲ってコミケに着いてくのは別にいいけど、コスプレは無理!」

「え~! なんで~!」

「何度も言ってるだろ! 俺なんかには似合わないよ!」

「お言葉ですけど黒田君。コスプレに似合うは合っても似合わないって言葉はないから。やりたいコスがあるのなら、愛と努力と工夫で似合わせる! 似合うからコスするんじゃなくて、コスする為に自分を寄せるんだよ!」


 朝比奈さんは拳を握って力説するけど。


「そもそも俺、やりたいコスとか別にないし」

「絶対嘘! それ、真面目に考えてないだけでしょ! あ、そうだ! コスプレなら黒田君の憧れる格好いいキャラに誰でもなれるよ!」

「無理だろ……」

「なれるって! いやまぁ、あたしに出来る範囲でだけど。着ぐるみとかロボットみたいなのは流石に無理だけど、布系なら任せてよ! あとは一応、武器と鎧も嗜む程度には作れるし」

「え。朝比奈さん鎧作れんの!?」


 なにそれ。

 凄すぎだろ。


「あ、勘違いしないでね。別に本物の鍛冶師みたいに鉄板叩いて作るわけじゃないから。工作用のボードに合皮張ったりしてそれっぽく見せるだけ。例えばこんな感じで」


 朝比奈さんがスマホを取り出す。

 出てきた画像は某有名ソシャゲの闇落ちジャンヌダルクのコスだ。

 しかも水着や私服ではなく、漆黒の鎧にイカした長剣と旗付きの槍を構えたデフォ衣装!


「すっげええええええええ! かっけええええええええ! こんなのもはや本物だろ!?」


 あまりの出来の良さに俺は興奮した。


「本物は言い過ぎだから! もっと凄い人いっぱいいるし! まぁ、かなり頑張ったし、自信作なのは確かだけどさ……」


 満更でもない様子で、朝比奈さんは恥ずかしそうにニヨニヨしている。


「いや凄いって……。マジですげぇ……。普通に尊敬する……。超すげぇ……」


 元から高かった朝比奈さんの株が限界突破で爆上げだ。


「褒めすぎだから! 恥ずかしいからその辺にしといて! 大事なのはそこじゃなくて! これくらいは出来るって事! それを踏まえてさ、黒田君やりたいコスとかない?」

「いや無理だろ。こんな凄いの勿体なくて逆に着れねぇし。作って貰うのも申し訳ないだろ! そもそもこれ、幾らすんだよ!」

「材料費だけならそれ程でもないよ? 工作ボードとか塗料は家にストックあるし。黒田君にはお世話になってるし! コスしてくれるなら今回は特別に初回無料で作っちゃうから!」

「バカ言うなよ! 部屋で涼んでるだけでこのレベルがタダはどう考えても釣り合わないだろ! 作る苦労もあるわけだし! こんなん普通に買おうと思ったら十万出しても足りないだろ!」

「まぁ、フルオーダーだし、フルセットだとその倍くらいはしそうだけど……」

「だろ!? 友達だからってそんなもんタダで作っちゃダメだって! そこまでして貰う義理もねぇし!」

「だって黒田君にコスして欲しいんだもん!」

「なんでだよ……」


 なんでそこまで拘るのか。

 俺にはさっぱり分からない。


「だからさぁ! この界隈だと男の子のレイヤーは希少なの! ご近所さんで仲良くてクラスメイトで下心もない男子なんか幻獣種レベルだよ!? 黒田君がコスハマってくれたら一緒に色々併せ出来るし! あたしにとってもメリットあるわけ! つまりそう! これは未来への投資って事で! お願い! この通り! コスしてくれたらなんでも衣装作るから!」

「勘弁してくれ……」


 朝比奈さんのハイクオリティーな鎧コスを見た後だ。

 気後れはあるが、ちょっとくらいは心が揺れた。

 男の子なら一度は誰もが憧れる。

 むしろ、百万回は憧れるだろう。

 大好きなあのキャラと同じような格好をしてみたい。

 イカした武器に格好いい鎧を着てみたい!

 例えるならそれは、戦隊物の変身グッズを強請る子供の心理に近い。


 言ってしまえばコスプレとは、究極のごっこ遊びなのだろう。

 そこに魅了を感じないわけではないが。

 しかしこれは、あまりにも荷が勝ち過ぎている。

 これ程までの事を朝比奈さんにして貰っても、俺としては返せるものが何もない。

 朝比奈さんはそれでもいいと言う。

 俺がコスにハマる事自体が朝比奈さんのメリットになると。

 でもそれは朝比奈さんの理屈だ。

 俺にはどうにも納得出来ない。

 それを許してしまったら、俺は朝比奈さんと対等な友達でいられなくなってしまう気がする。

 我ながら面倒な奴だと思うのだが、けれどそれが俺なのだ。


「え~、どうしてもだめ~?」


 残念がる朝比奈さんを見ていると俺としても申し訳ないのだが。

 と、不意に朝比奈さんの携帯が鳴った。


「冬花ちゃんだ。う……。やっぱりか……」

「どうかしたのか?」

「コミケ。三浦君と一緒にコスするって……」

「あー……」


 目立ちたがり屋な所のある琢磨である。

 夜見さんのでっかい尻に敷かれまくっている様子でもあったし。

 あいつなら、イヤとは言うまい。

 と、今度は俺の携帯が震えた。


「三浦君?」

「……あぁ」

「なんだって?」


 教えたくないが、隠すわけにもいかないだろう。


「プールの決着。コミケでつけようってさ……」

「ほらぁ!」


 気分はまさに四面楚歌。

 琢磨の話を聞いた後じゃ、挑まれた勝負から逃げるわけにはいかないだろう。


 こうなってしまったら、イヤでもコミケでコスする他なさそうだ……。

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