第24話

「油断大敵。ここが戦場なら死んでる」

「でひゃひゃひゃひゃ! 驚いたか!」


 無表情でドヤる夜見さんの傍らで琢磨がバカ笑いを上げている。


「なんなんだよお前らは……」

「てか冬花ちゃん、なんでここにいるわけ!?」


 夜見さんは視線を逸らし。


「ただの偶然――」

「よくぞ聞いてくれました! 俺ちゃん達この前ジモティスで会ったじゃん? 智樹が水着屋の袋持ってたから、これはプールに違いない! 二人より映える所でデートして悔しがらせてやるんだってウチのハニーがホワッツ!?」


 例によって股間を蹴り上げられ、琢磨がその場に崩れ落ちる。


「余計な事言わないで」

「ご、ごめんよハニー……」


 二人のやり取りに、朝比奈さんがフンと鼻を鳴らす。


「そんな事だろうと思ったけど。張り合ってないとか言ってた癖に、めちゃめちゃ張り合ってるじゃん!」

「こっちも似たようなもんだけどな」


 ギロリと朝比奈さんに睨まれて、俺は慌てて股間を守る。


「ち、違うし! 夏海が張り合ってくるから、先読みして対抗しただけ! 先に水着買ったのはそっちでしょ!」

「勘違い乙! あの時は冬花ちゃんとか関係なく、フツーに黒田君とプール行こうと思ってただけだし? それなのにこんな所まで来ちゃうなんて、あたしの事好きすぎでしょ!」

「う、ぐぐ……」


 追い詰められた夜見さんがキッと朝比奈さんを睨みつける。


「親友なんだから好きなのは当たり前じゃん!」


 真っ赤になって叫ぶ夜見さんに、俺達は何も言えなくなった。


「え、なに。あたし、変な事言った?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ……。改めて言われるとハズいって言うか……」

「は? なにが恥ずかしいわけ? 夏海はあたしの事好きじゃないの? 親友だと思ってたの、あたしだけ?」


 重すぎる感情に、今度は朝比奈さんが焦り出す。


「す、好きだよ! 大好き! だからこんなに張り合ってるんじゃん! もう! 恥ずかしい事言わせんなし!?」

「ならいいけど。不安にさせる事言わないで」

「あたしのせい!?」

「そうだよ。当然じゃん」


 そんな二人のやり取りに、俺は思う。


「てぇてぇかよ」


 これがリアル百合って奴か。

 なんかもう、空気読んで琢磨と二人で遊んだ方がいい気がしてきた。

 そんな俺の腕を、琢磨のアホがわざとらしくモジモジしながらツンツンする。


「好きじゃない」

「智樹は俺ちゃんの事好き――って、回答早すぎ!? 未来視やめてね!?」

「何年親友やってると思ってんだよ。お前の寒いボケなんかお見通しだっての」

「ですよねー。でひゃひゃひゃひゃ!」


 恥ずかしいから朝比奈さんの前でガキみたいな事しないで欲しいんだが。

 そんな俺達を朝比奈さん達が熱っぽい視線で見つめている。


「……なんだよ」

「あ、萌えてるだけだから。続けて続けて」

「うちの彼氏が親友の彼氏に寝取られた件。まぁ、悪くないかな」

「頭ん中腐ってんのか?」

「そうだけど」

「なにか?」

「………………」

「黒田君だってあたし達の事そういう目で見てたじゃん!?」

「お互い様」

「スー……。そっすね……」


 その通りなので反論できない。


「って、そんな事よりこの前のリベンジ! 見てよ冬花ちゃん! あたしの彼氏の真の姿を!」

「おいバカやめろって!?」


 朝比奈さんがパパ~ン! と俺を二人に見せびらかす。

 恥ずかしくて、俺の身体は縮こまった。

 だってこんなの勝負にならない。

 去年の夏に二人でプールに行って惨めな思いをして以来、琢磨が身体を鍛えているのは知っていた。


『ちくしょう! やっぱモテる男は筋肉なのか!? おにゃのこはみんなムキムキマッチョマンが好きなのか!?』


 そんな言葉が飛び出す程度には、可愛い女子の隣には大抵マッチョな男がいた。

 あれから一年。

 琢磨は運動部にも引けを取らないマッチョなボディを手に入れていた。

 腹筋なんか板チョコみたいに割れていて、バカみたいなビキニパンツがビックリする程様になっている。

 エロゲなんかやったことは勿論ないけど、派手な金髪も相まって、その手のラノベに出て来るチャラついた寝取りの竿役みたいだ。


 ……まぁ、手放しに格好いいかと問われると異論はあるんだが。

 男としての迫力というか、魅力みたいなのが身についているのは間違いない。

 それに比べて俺ときたらこの通り。

 どこに出しても恥ずかしい、貧相で色白なもやし小僧だ。

 競うまでもなく、俺は琢磨に負けている。

 それが俺は恥ずかしい。

 そして悔しく、苦しかった。


 ずっと隣にいるのだろうと当然のように思っていた幼馴染の親友は、今や完全に俺の手の届かないはるか高みに立っている。

 なにもしてこなかった俺が悪いのだろうけど。

 それでも俺は、醜い嫉妬と自分勝手な焦燥を感じてしまう。


 友よ。

 なぜ俺を置いていくのだと……。


 そんな有様だから、朝比奈さんに自慢気に紹介されても、俺としては居た堪れない気持ちになるだけだ。

 夜見さんも飽きれているのだろう。

 俺の貧弱な身体を上に下にとサーチすると、言葉を失い黙り込んだ。

 気まずい沈黙が続いた。

 数秒だろうけど、俺には何時間にも感じられる。

 夜見さんの鼻がフンと嗤う。

 眠たげな眼は真っすぐに、俺の胸を直視している。


「ふ~ん。エッチじゃん」

「おい」


 お前も変態なのか?

 クソ長いモノローグで自虐した俺がバカみたいなんだが?


「そういう路線で来るとは思ってたけど。予想以上。流石夏海。あたしのライバル。ていうか黒田の乳首綺麗過ぎない?」

「ぬぁ!? 変な目で見るなよ!?」


 なんなんだよこいつらは!?

 揃いも揃って乳首乳首って!

 慌てて俺は胸を隠すのだが。


「ッ!? は、反則! エッチ過ぎ!」

「黙れよバカ!? セクハラだぞ!? おい琢磨! お前の彼女だろ! この変態なんとかしろよ!」

「いや……。ヤバいっしょ……。実際エッチだって……。俺ちゃんの親友可愛すぎワロタ! いや、笑えないわ……。新たな性癖ゲートがオープンしちゃいそうなんだけど……」

「ぶっ殺すぞ!? てめぇ琢磨! お前だけは味方でいろよ!?」


 お前だけは信じてたのに!

 裏切り者が!

 そんな俺の心の叫びが届いたわけじゃ絶対にないのだろうが。

 夜見さんが琢磨の股間を蹴り上げる。


「あたし意外に色目使わないで」

「で、でもハニー……。智樹は男の娘で……」

「男の娘ではねぇよ!? 勝手に属性追加すな!」


 クソバカップルには俺の叫びも通じない。


「だからなに? 関係ないじゃん。あたしの彼氏になったからにはあたしだけを見て。余所見なんか許さないから」

「はぃ……」

「なに? 重い女だって言いたいわけ?」

「イェス! でもモーマンタイ! 俺ちゃん重い女大好きだから! 精神的にも物理的にも――ぶぎゃ!?」

「物理的には重くない。……そこまでは」


 グリグリと夜見さんが琢磨を踏みつける。


「あぁ! ありがたき幸せ!」


 これが惚気に見えるのだから不思議なものだ。

 夜見さんは気を取り直し、朝比奈さんに視線を向ける。


「勘違いしないで。確かに黒田は可愛くなったけど、あたしのダーリンだって負けてないから。バカでアホでスケベだけど優しいし、中身も合わせたら余裕で勝ってるから」

「ハニー……愛してるぜ――ブギュッ!?」

「調子に乗らないで。パブリックスペース公共の場


 抱きつこうとした琢磨が以下略。


「冬花ちゃんこそ勘違いすんなし! 黒田君はまだまだ伸びしろあるんだから! これからもっと可愛くなるし、中身だってギャップがあって可愛いんだから!」

「だぁ!? やめろよ! 可愛くなんかなりたくないし、別に可愛くもないだろ!?」

「「「いや可愛いでしょ」」」

「ハモんじゃねぇ!」


 ちくしょう! 

 変態に囲まれてるせいでこっちがおかしいみたいになっちまう!

 これバグだろ!


「とりま、彼氏自慢は一旦同点って事にしといてあげるけど。そうなると次はあたしらの番じゃん?」


 朝比奈さんがじっくりと、値踏みするように夜見さんの水着姿を精査する。

 夜見さんは「うっ……」とたじろぎ、自信なさげに「あ、あたしだって、負けて、ないもん……」と下唇を噛む。


「……だね。むしろあたしの負けかも。三浦君が選んだの? 冬花ちゃんのセンスじゃないけど、メッチャいいじゃん!」

「えっ」


 夜見さんの目がパチクリした。

 夜見さんの水着は白いビキニで、ブラが短いカーテンみたいになってヒラヒラしている。平らな胸を可愛らしく彩りつつ、大きなお尻を主役に置く意図は明らかに琢磨のセンスだ。


 クールなダウナー系で黒が似合う夜見さんにはミスマッチだけど、そこが逆に可愛らしい。

 実際、恥じらっている夜見さんはかなり萌える。


「だしょだしょ? 俺ちゃんの彼女可愛すぎぃ! バリバリ最強ナンバーワン!」

「それは聞き捨てならねぇな! 確かに夜見さんは可愛いけど――」

「か、可愛くない! あたしは、クールでミステリアスなカッコいい系!」


 戯言は無視。


「朝比奈さんはもっと可愛いから! セクシーだし胸だってデカい!」

「はっはっは! 浅いぜブラザー! 胸ってのはデカけりゃいいってもんじゃあないのよ。おっぱい皆尊し! 天はおっぱいの上におっぱいを造らずだぜ!」

「ダーリン……」


 夜見さんが貧しい胸を押さえてキュンとする。

 俺としてはおっぱいはデカい方が強いと思っているのだが、そこの所は宗教の自由なので否定派はしない。


「なによりハニーはケツがデカい!」

「バカァ!」


 当然のように金的が炸裂するが……。

 琢磨は倒れない。


「な、なんで平気なの!?」

「平気じゃないさハニー。俺ちゃん痛くて今にもぶっ倒れそうだ。でも、膝をつくわけにはいかないのよね。なぜならハニーのケツは最高だから! ハニーにだってそれは否定させないぜ!」


 ガクガクと膝を震わせながら琢磨がいう。


「……なにそれ。バカみたい……」


 言葉とは裏腹に、夜見さんの目は完全にハートマークだ。

 いやまぁ、それでいいなら文句はないけど。


「確かにデカいケツは最高だ。それは俺も認めてやる。けどな! それを言うなら朝比奈さんのケツだって負けちゃいねぇぞ!」

「ズバーンッ!」


 こちらはノリノリのJ〇J〇立ちで巨尻をアピールするのだが。


「って、流石にお尻の大きさで冬花ちゃんには勝てないから!」


 朝比奈さんのノリツッコミに。


「ッ!? そ、そんなに大きくない! 同じくらいでしょ!」


 巨尻を押さえて夜見さんは言うのだが、誰が見たって夜見さんの尻の方がデカい。


「確かに夜見さんのケツの方がデカいけど、形なら朝比奈さんの勝ちだろ!」

「ま、まぁ、運動してるし、形には自信あるけど……」


 朝比奈さんも満更ではなさそうに照れている。

 朝比奈さん達が彼氏自慢を始めた時はなにやってんだこいつらはと思ったが。

 いざ自分が逆の立場に立たされると気持ちが分かる。


 俺の彼女が一番可愛い!

 特に親友にはその点で負けたくない。

 まぁ、朝比奈さんは本当は彼女じゃないんだが。


 魅力的である事は間違いない。

 だから彼女自慢で負けたくないし、負けられない。


「夏海が可愛いのは知ってる。あたしもまぁ……負けてはない……と思いたい。彼氏の見た目も一応引き分け」

「じゃあもう普通に同点でいいだろ」

「こっちは別にそれでもいい。前回勝ってるし」

「俺ちゃん達の勝ち越しって事ぉ?」

「冗談じゃないし! ここで会ったが百年目じゃん! こっちは勝つ気で来てるんだから! 直接対決で勝負しようよ!」


 いや、俺は普通にデートしたいんだけど……。

 思うだけで、口には出来ない俺だった。

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