第23話

「笑って笑って! はい、にっこり~! って、黒田君全然笑ってないじゃんか!」


 複数人乗りのエグイウォータースライダーを二人で滑った後、俺達は乗り物をバックに記念撮影を行っていた。

 スマホの中で朝比奈さんと並ぶ俺の笑顔はぎこちなく、口元は銃で脅されているみたいに引き攣っている。


「仕方ないだろ! こういうの苦手なんだよ!」


 何度だって言ってやるが、俺は冴えない陰キャオタクだ。

 ゲームの攻略サイトをスクショする事はあっても、自撮りを撮る機会なんか全くない。


 自撮り事態に苦手意識を持っており、どう頑張っても作り笑いが引き攣ってしまう。


「自撮りに苦手もなにもなくない? 普通に笑えばいいだけじゃん?」

「それが出来れば苦労はしねぇよ!」


 朝比奈さんは簡単に言う。

 実際簡単な事なのだろう。

 画像の中の朝比奈さんは凄く自然に笑っている。

 本物をそのまま閉じ込めたような明るく可愛く楽し気な笑みだ。

 どうやったらこんな風に笑えるのか、俺にはさっぱり分からない。

 陰キャの俺には逆立ちしたって出来そうもない陽の笑みだ。


「えー。黒田君、楽しくないの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「だったら普通に笑えばよくない?」

「だから無理なんだって! 慣れてないんだよ! 緊張するって言うか……。そもそも、自撮りとか恥ずかしいし……」


 俺なんかが自撮りなんて。

 そう思ってしまう。


「ぶぅ。まぁ、これはこれでオタク君とギャルって感じで可愛いけどさ。あたしとしては普通に笑ってる黒田君の画像も欲しいんだけどな~?」

「……努力はするけど。てか! その画像消せよ! 恥ずかしいだろ!」

「やだよ! 思い出じゃん! 冬花ちゃんにも送んなきゃだし!」

「そうだけど……。送るならもっとマシな画像にしてくれよ……。琢磨にも見られるわけだし……。そんなんじゃ恥ずかしいだろ……」


 朝比奈さんが夜見さんと張り合う様に、俺だって琢磨と張り合っている。

 こんなガチガチの画像を送ったら琢磨に笑われる。

 ……てか、そもそもこの姿を見られたくない。


 琢磨は金髪になって、チャラついてはいるけど、イケメンになっている。

 見るからに女を誑かしていそうな浮気性のクズ男と言った感じだ。

 俺の趣味じゃないし、別に羨ましくはないけど。

 似合ってはいるし、今の俺よりはずっとマシだ。


 そりゃ、以前の俺よりは良いだろうさ。

 髪を切ってサッパリして、眉毛も細くなってなんかこう、全体的に爽やか~な感じになっている。

 でも、それこそ俺の趣味じゃない。


 俺はもっとクールでカッコいい、一匹狼みたいな雰囲気の容姿になりたかった。

 間違っても朝比奈さんに可愛い~! と悶えられるような姿になりたいわけじゃない。

 朝比奈さんには感謝してるし、良くしてもらったんだから文句を言うつもりもないけどさ。

 内心じゃ、そんな風に思っている。


 カメラに向かって上手く笑えないのも、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。

 今の俺は本当の俺じゃない。

 そんな気がして気後れする。


「うんうん。分かるよその気持ち。レイヤーなら納得いく姿で映りたいもんね」

「いや。そういう話じゃないんだが」


 このコスプレバカが。

 また勝手に話をレイヤーフィルターにかけて曲解しやがる。


「じゃあどういう話だし! 分かるように説明してよ!」

「それは、だから、その……」


 詰められると俺も弱い。

 レイヤー云々に目を瞑れば、朝比奈さんの言う通りという気もしてしまう。


「まぁ、似たような話かもしれないけどさ……」


 渋々俺は認めると。


「でしょ~? じゃあ黒田君はどんなイメージで撮りたいわけ?」

「いや、いいよ……。時間勿体ないし、次行こうぜ」

「良くないでしょ! この後も画像撮るんだよ! どうせ撮るなら全力で! じゃないと後で絶対後悔するから! 大丈夫! あたしに任せて!」

「任せてって……なにをだよ……」

「撮影関係色々。あたしレイヤーだよ?」

「関係ねぇだろ……」

「チッチッチ。分かってないなぁ黒田君は。衣装作って着るだけがコスプレじゃないんだよ? 映える為にはどう映るか、場所は? 構図は? 表情やポーズは? カメラの設定は? まぁ、今日は一眼持って来てないからその辺は目をつぶるけど」

「イチガン?」

「カメラだよ。一眼レフカメラ。聞いた事ない? レンズ付け替えられるでっかい奴」

「聞いた事はあるけど、それってプロが使う奴だろ?」

「まぁ、一眼もピンキリだから。プロじゃなきゃ持っちゃダメなんて決まりないし。コスプレハマってる子は結構持ってる子多いんじゃないかな」

「マジかよ……」


 画像なんか携帯でいくらでも撮れるのに、そこまですんのか?

 やっぱ謎な世界だ。


「マジマジ。ってそこはどーでもよくて! レイヤーは撮られるのは勿論、撮る方の知識も必要なわけ。自慢じゃないけど一応あたし、そこそこ名のあるレイヤーだし? あたしに任せとけば大丈夫だから!」

「むぅ……」


 それは勿論恰好よくだ。

 でも、そんな事を朝比奈さんに言うのは恥ずかしい。

 俺みたいな陰キャオタクがカッコよく映りたいなんて身の程知らずにも程がある。

 そんな風に思ってしまう。


 とは言え、朝比奈さんはこの通りやる気満々で、誤魔化せる雰囲気でもない。

 仕方なく、俺は恥を忍んで白状した。


「……か――」

「可愛くね! ばっちこ~い!」

「ちげーよ! 格好よくだよ!」

「恰好よく!?」


 聞き返されて俺は余計に恥ずかしくなる。


「わ、悪いかよ! 俺だってな、一応これでも男なんだぞ! そりゃ、出来る事なら恰好よくなりたいと……だぁ! 笑いたきゃ笑えよ!」

「く、くふふふ……」

「ぬが!?」


 朝比奈さんが口元を押さえて震えている。

 まさか本気で笑われるとは思わないから、俺は普通に傷ついた……。


「ごめん! 今のは違うから! 笑ってないからね! 可愛すぎてニヤケてただけ!」

「余計に悪いだろ!? なんだよ可愛いって!」


 朝比奈さんが防水ケースに入れたスマホをこちらに向ける。


『わ、悪いかよ! 俺だってな、一応これでも男なんだぞ! そりゃ出来る事ならカッコよくなりたいと……だぁ! 笑いたきゃ笑えよ!』


 流れたのは耳まで赤くして、伏し目がちに震える俺の動画だ。


「ほら可愛い」

「消せ! 消せよ! なんで撮ってんだよ!?」


 朝比奈さんのスマホを奪おうとするのだが、胸の間に挟まれたら手出しできない。


「可愛いの気配がしたから?」

「ざっけんな!? 盗撮だぞ! バカ! アホ! 犯罪者!」

「うわ、小学生じゃん。そういう所が可愛いんだけど。あんまりあたしをイラつかせないでくれる?」

「え、ぁ、ごめん……」

「あ、イラつくってのは性的な意味ね?」

「返せよ! 俺のごめんを!」

「ツケといて――あぁん!?」


 いきなり朝比奈さんがエロい声を出してビクリと震えた。


「え? なに、大丈夫か?」

「う、うん。スマホ震えただけだから。冬花ちゃんかな?」


 ちょっと赤くなりながら、朝比奈さんが谷間からスマホを取り出す。


「またデートかよ」

「そうみたい。げ、向こうもプールじゃん」

「結構良い所行ってるっぽいな」


 どこにいるのか知らないが、見た所ウォーターランズ並みにデカい施設らしい。


「てかこの画像、映ってるのあたしらじゃない?」


 後ろ姿で気付かなかったが、確かに俺達の画像だ。


「……マジだ。どうなってんだ?」


「「ばぁ!」」


「どわぁ!?」

「ぎゃああああああ!?」


 いきなり背後から琢磨と夜見さんが現れて、俺達は同時に悲鳴をあげた。

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