第18話

 自転車だ。

 暑さも手伝い、帰りはろくに話せなかった。

 困惑したまま家に帰ると、部屋に戻った瞬間朝比奈さんが跳躍した。

 そのまま空中でトランスフォームし、土下座の形で着地する。


「ごめん! なさい! マジで!」

「いや、まぁ、なんとなく事情は察したんだが。夜見さんに見栄張って彼氏がいるふりしたって事か?」


 ギクリとして朝比奈さんが頷く。


「はい……」

「まぁ、気持ちは分からんでもないが……。なんか意外だな」


 朝比奈さんがあそこまで感情を剥き出しにするとは。

 別人とは言わないが、知られざる一面を見てしまった気分だ。


「てか、夜見さんとはどういう関係なんだ? 仲が良いのか悪いのかよくわからなかったんだが」

「仲は良いよ……。普通に親友。幼馴染だし……。強敵って書いて友と読むタイプの友達って言うか……。お互いに認め合ってるからこそ絶対に負けたくない関係みたいな……」

「あー。話の途中で悪いんだが、その恰好やめてくれないか? 普通に気まずい」

「無理! 友達に見栄張る為に勝手に恋人宣言しちゃったんだよ!? 最低過ぎて黒田君に合わせる顔なくなっちゃったよ!」


 カエルみたいなポーズのまま朝比奈さんがブンブンと頭を振る。


「気にしてねぇから。二人でジモティス行く時点で誤解されても別にいいって話になってただろ?」

「そうだけど!? 誤解されるのと自分で言うのはやっぱ違うじゃん! 冬花ちゃんに負けたくなくて黒田君を利用しちゃったわけだし……。あああああああ! もう! なんであんな事言っちゃったんだろ!? あたしのバカアホマヌケクソヌーブ! 本当ごめん! こんな奴嫌いになって当然だし!?」


 今度はドンドンとカーペットに額をぶつけだす。


「だぁ!? やめろって! 気にしてねぇって言ってんだろ!? 正直俺も同じ気持ちだったし! 朝比奈さんがああ言ってくれて正直助かってるんだよ!」

「同じ気持ち?」


 キョトンとして朝比奈さんが顔をあげる。


「見栄の話。向こうはどう思ってるか知らないけど、多分琢磨は俺にとっての夜見さんなんだよ。親友だけど、だからこそ負けたくない相手って言うか。だから、あいつに彼女が出来たって聞いた時は正直すげー悔しかった。なんか差つけられちゃったみたいでさ。ジモティスで出くわした時もぶっちゃけ気まずかったし。だからまぁ、朝比奈さんが恋人宣言してくれて俺はホッとしてる。止めよう思えば出来たのに黙ってたし。利用してるって意味じゃ俺も同罪だろ? だからさ、土下座なんかやめてくれよ……」


 逆にこっちが申し訳なくなってしまう。

 腹の中では俺だって同じことを考えていた。

 朝比奈さんは行動し、俺は黙って乗っかっていただけだ。

 どちらが卑怯かと言われたら、きっと俺の方だろう。


「よがっだぁああああ!」


 朝比奈さんはホッとしたように大の字になる。


「大袈裟過ぎだろ。そんな事で怒らねぇし」

「いやいや。普通は勝手に恋人宣言されたら怒るか嫌いになるからね? 黒田君がお人よしなだけ!」


 そうか?

 大抵の男は朝比奈さんが相手なら嘘でも喜ぶと思うんだが。

 そんな事は言えないから。


「まぁ、利害が一致してるからな」


 と言っておく。


「じゃあ、このまま付き合った振りしてても良いって事?」

「……朝比奈さんがそれでいいなら」


 恥ずかしくて、俺は視線を逸らした。

 友達に見栄を張る為だと分かっていても、なぜだか心が踊ってしまう。

 けど、それではいけないと思った。


「いや、違うな。俺の方から言わせてくれ。琢磨にだけは負けたくないから。この夏だけでも俺と付き合ってるふりしてくれ。この通りだ」


 利害が一致してるなら、朝比奈さんにだけ恥をかかせるのは卑怯だろう。

 そう思い、俺は深々と頭を下げる。


「ぁ、ぅん……」


 朝比奈さんは赤くなり、急にソワソワして俯いた。


「どうかしたか?」

「いや、その……。なんか今の告白みたいじゃんって思ったら急に恥ずかしくなっちゃって……」

「………………っ!?」


 言われて俺も急激に恥ずかしくなった。


「ち、ちげーから! 今のは別にそういうんじゃなくて! あくまでも見栄の為だから!?」

「わ、わかってるし!?」


 それでも何故か変な空気になってしまい、お互いに言葉を失う。

 気まずい沈黙の中言葉を探していると。


「と、とりあえず、髪切らない?」

「髪って、俺の?」


 朝比奈さんがコクリと頷く。


「三浦君の頭も冬花ちゃんがやってるみたいだし……。あたしに任せてくれたら黒田君、絶対もっとイケメンになれると思うんだけど……」


 チラチラと朝比奈さんが俺の顔色を伺う。

 一見すると不安そうな瞳の奥には、メラメラと熱い闘志が燃えている。


「い、嫌なら断ってもいいんだよ!? あたしも冬花ちゃんもレイヤーだから、ヘアメイクにはちょっと自信ありみたいな。そういうアレで張り合ってるだけだから……」

「う~ん……」

「ダメ!?」


 言葉とは裏腹に、朝比奈さんはどうしても俺の髪を切りたいらしい。


「ダメってわけじゃないんだけど……。陰キャの性質上イケメンになれるとか言われると抵抗あると言うか……」


 俺なんかがイケメンになれるわけがないし、なっていいはずがない、みたいなブレーキが働いてしまう。

 不意に朝比奈さんのスマホが鳴った。

 どうやら夜見さんからデートの画像でも送られてきたらしい。


「はぁ!? なにこれ!? 見てよ黒田君! 冬花ちゃん、メッチャ煽ってるんだけど!」


 朝比奈さんがスマホを向ける。


『彼ピとデートなう。あたしの彼氏イケメンすぎ? ゎら』


 の文言と共に、フードコートでイチャイチャしている自撮りが貼り付けられている。


「実際お似合いだよな……」


 夜見さんの背後でバカっぽい笑み浮かべる琢磨はどこからどう見てもチャラついたイケメン野郎だ。

 画面から溢れる圧倒的陽のオーラに見ているだけで胸が焼ける。


「あたしらだってお似合いだし!?」

「んな事ないだろ……。朝比奈さんの相手が俺じゃどう考えても役者不足だ」

「そんな事ないから! 別に今だってイイ感じだし! てか黒田君自分に自信なすぎ!」

「仕方ないだろ。実際自信持てるような面じゃないんだから」

「だから髪切ろうって言ってんの! 黒田君、髪とか眉毛とか全然弄ってないでしょ? そんなん初期装備でラスボスに挑んで勝てないって言ってるのと同じだから! あたしが黒田君の真の力を解放してあげるから! そしたら黒田君も自分に自信持てるようになるから!」

「わ、わかったから!? ちょっと待ってくれ! 俺にも心の準備って奴がだがな……」


 朝比奈さんの顔面が急接近して俺は焦る。

 と、今度は俺のスマホが震えた。


「三浦君?」

「だと思うけど……」


 朝比奈さんと親以外にラインを送ってくるような相手はいないし。

 確認すると、夜見さんとの幸せそうなツーショット画像が貼られていた。


『ヘイブラザー! 智樹に彼女が出来て俺ちゃんも嬉しいぜ! 非モテのお前が僻むと思って遠慮してたけど、これからはガンガン惚気てくんでそこんとこ4946! って事で、一緒に夏休みをエンジョイしような! PS.俺ちゃんの彼女可愛すぎぃ!?』


「うわぁ……。メッチャ煽ってる。無自覚そうな所が逆に火力高い……」


 画面を覗く朝比奈さんがドン引きしている。

 俺は嫉妬の炎でピキっていた。

 この野郎、最近連絡なかったのはそういう事か?

 その通りだけど、だからこそ余計にムカつく!


「そういう奴なんだよこいつは……」


 呻くように呟くと、俺は曇りある眼で朝比奈さんを見つめた。


「今唐突に準備が出来た。頼む朝比奈さん。俺を琢磨に負けないイケメンにしてくれ」

「その言葉が聞きたかった!」


 無免許美容師が力強く親指を立てた。

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