第17話

 驚く俺を朝比奈さんが振り返る。

 必死な顔が声なき声で「お願いだから話合わせて!」と言っていた。

 困惑しつつ、俺は曖昧な表情で「まぁ、そんな感じだ……」と答えた。


 琢磨の奴は欠片も疑っていない。

 ニヤニヤしながら、「やるじゃん智樹! ヒューヒュー!」と呑気に冷やかしている。


 夜見さんは……なにを考えているのかよく分からない。

 意図の読めない無表情でジィっと俺を見つめている。

 と、不意に夜見さんの口元が僅かに笑った。

 どことなく、勝ち誇っているように見えるのは気のせいか?


「ふぅん。まぁ、いいんじゃない? あたしのタイプじゃないけど」


 棘のある言い方に空気がピンと張り詰める。


「はぁあ?」


 別人のように低い声を出したのは朝比奈さんだった。

 ビキビキと擬音が聞こえてきそうな顔で夜見さんを睨むと。


「なに、冬花ちゃん。あたしの彼氏に文句あるわけ?」

「別に。そんな事言ってないけど。夏海の彼氏にしてはフツーだなって思っただけ」


 朝比奈さんの身体から殺意めいたオーラが噴き出した。

 危うく殴りかかるのではと思ったが、そうはならなかった。


「スーッ……」


 朝比奈さんは深呼吸をすると、笑顔とは名ばかりの引き攣った笑みを浮かべた。


「もしかして冬花ちゃん、コンタクト忘れちゃった?」

「? 普通につけてるけど」

「じゃあ、シンプル男見る目ないだけか」


 チラリと琢磨に視線を向けると、朝比奈さんの鼻が笑う。


「前から思ってたけど、冬花ちゃんってちょっと独特だよね」

「は?」


 これがアニメなら、ピキピキピキーッと周囲が凍るような演出が発動する場面だろう。

 眠たげな夜見さんの半眼が全開になり、ブチ切れたヤンデレみたいな顔で朝比奈さんを睨んでいる。


「ちょ、智樹!? なんか空気冷えてない!?」


 今更気づいた琢磨が小声で話しかけて来るのだが。


「バカ! 黙ってろ! 下手に動くと殺されるぞ!」


 女に疎い俺でも分かる。

 これは修羅場だ。

 それもかなり強烈な奴。


「夏海。今の、どういう意味?」

「そのままの意味でしかないけど、わかんなかった? 冬花ちゃん国語苦手だもんね」

 

 夜見さんの黒髪がブワッと逆立つ。


「………………人が気にしてる事を!」

「は、ハニー!? ちょっと落ち着こうぜ!? ――へぶっ!?」


 止めに入った琢磨が裏拳で吹っ飛ばされる。

 だから言ったのに……。

 夜見さんはギョロリと朝比奈さんを睨みつけると、深淵が捩じれた様な笑みを浮かべ、ファサッと後ろ髪を撫で上げた。


「てか夏海、嫉妬してるんでしょ?」

「はぁ? なんであたしが冬花ちゃんに嫉妬しなきゃいけないわけ?」

「だって。あたしが彼氏出来たって言った時は散々彼氏なんかいらないアピールしてたくせに、結局彼氏作ったんでしょ? 必死乙」

「それを言うならそもそも冬花ちゃんがあたしに嫉妬してたんじゃん! コスプレで勝てないからっていきなり彼氏作ってリア充宣言してきてさ! そっちの方が必死じゃん!」

「は? いつあたしが夏海に嫉妬した? 何時何分何曜日? 地球が何回回った時?」

「小学校の頃からずっと! なにかあるとすぐあたしの真似して張り合ってくるじゃんか!」

「それは夏海! 今だってそう! 言っとくけど、あたしの彼氏の方がカッコいいから!」

「そんなん冬花ちゃんがいじくったら誰だってカッコよくなるに決まってるし! 黒田君だってあたしがちょっといじくればもっともっとかっこよくなるんだし!」

「くっ……」


 一応お互いにその辺の所は認めているのだろう。

 夜見さんは悔し気に呻くと。


「だからなに? ダーリンはあたしの事本気で好きだし? あたしの事全肯定で毎秒好きって言ってくれるけど?」

「勿論さハニー! てか人前でダーリンって呼んでくれて俺ちゃん感激――ふごっ!?」


 復活した琢磨が夜見さんに抱きつこうとして迎撃される。


「余計な事言わないで。……恥ずかしいから」


 真っ赤になって照れる夜見さんからは強烈なお惚気オーラがムンムンだ。

 それを見て、朝比奈さんが超音波みたいな奇声を上げる。


「キィィィィィィ! ぐやじいいいいいい!」

「ふひ。勝った。これであたしの8493勝8492敗」

「数えてんのキモ過ぎだから! 明らか意識してんじゃん! てかまだ同点だし! むしろ私の方が勝ち越しだから! 黒田君とだってこれからもっとラブラブになってすぐにそっち追い越すから! 覚えてろし! 行こ、黒田君!」

「お、おぅ……」


 涙目になった朝比奈さんに手を引かれ、俺達はその場を退散する。


「負け犬の遠吠え。ダーリン、笑ってやって」

「でひゃひゃひゃひゃ! よくわかんねーけど、またな智樹!」


 いやこれどういう状況だよ……。

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