第12話

「あー……いぎがえるうううう……」

「マジでな……。途中で何度か心が折れかけたぞ……」


 そんなわけでチャリを漕ぎ漕ぎ、やってきたのは僕らの街のなんでも屋、駅前にあるデカい商業ビルのジモティスだ。

 俺ん家からチャリで二十分程度なのだが、今日も今日とて空は雲一つない快晴で、真夏の太陽がギラギラと地上を灼熱地獄に変えている。

 既に俺達はびっちょり汗だくで、ジモティスに入って早々エアコンの真下に退避してクールダウンを図っている。


「ぷっはぁ~! 火照った体にコーラが沁みるぅ!」


 手近な自販機で炭酸飲料を買うと、朝比奈さんは一気に半分飲み干した。

 ゲップが出るぞと思っていると、そのままパタパタとシャツの襟元を扇ぐ。

 おでかけという事で朝比奈さんは外行きの格好に着替えていた。


 パッツパツのデニムの短パンにスケスケの白い七分シャツで、中に着た女物の派手なタンクトップみたいなのが透けている。

 うちにいる時は基本ラフなTシャツ短パン姿だから、ちゃんとした私服は新鮮だった。

 そうだろうなとは思っていたが、流石はギャル、お洒落だ。

 それにとてもエッチだ。


 パッツパツのデニムの短パンに締め付けられた太ももの付け根のムッチリ感とか、下着にしか見えないタンクトップモドキから覗く巨大な谷間がシャツから薄っすら透けてる所とか。朝比奈さんの胴体は日焼けしていないようで、シャツ越しに見える白と黒のコントラストがエッチ過ぎる。

 こんなんエチエチの実を食べた全身エッチ人間だろ!

 改めて朝比奈さんのエロ可愛さに打ちのめされ、俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。


「どうかした?」

「い、いや! 俺もなにか飲もうかと思って! ちょっと買ってくるわ」

「あ、じゃあこれ飲む?」


 当然のように朝比奈さんが飲みかけのペットボトルを差し出した。


「飲み切れないし。荷物になっちゃうからさ。飲んでくれると助かるなって」


 いや待てそれは間接キッスじゃん!?

 正直初期から思ってたんだが、朝比奈さんはちょっとその辺ガバくないか?

 一応俺、異性なんだけど。思春期真っ盛りの男の子なんだけど!?

 それとも俺は特別なのか?

 硬派だから、そういうのは気にしない特別な異性の友達枠として見られているのだろうか?

 なんて事を刹那の間に考えて、とりあえず俺は平静を装った。


「お、サンキュー」


 指摘して変な感じになったらやだし。

 朝比奈さんを異性として見ていると思われたくない。

 内心でははちゃめちゃに意識しつつ、俺はドキドキしながら朝比奈さんの飲みかけを一気に飲み干す。

 正直炭酸はジカジカするから苦手なんだが、朝比奈さんの飲みかけをチビチビ飲むのは変態臭いし恥ずかしい。


「――ぶはぁ~! げふっ」


 やだ、ゲップ出ちゃった。

 は、恥ずかすぃ~!?


「あははは! 凄い飲みっぷり! 男の子って感じだね!」

「う、うるさいな。朝比奈さんだって一気に飲んでただろ!」

「そうだけど。やっぱ真夏に飲むコーラは格別だよね! 普段の三倍美味しいみたいな?」

「……まぁ、そうだな」


 いや、コーラなんか普段飲まないし、炭酸は好きじゃないんだけど。

 今回に関しては諸事情により同意した。

 三倍どころの騒ぎじゃない。

 青春の味はプライスレスだ。


「それじゃあ行こっか?」

「……おう」


 クールダウンのつもりが逆に身体が火照ってしまった気もするが。

 ともあれ俺達は水着売り場を目指してエスカレーターを登った。

 基本的に引き籠りな俺だ。

 ジモティスだって母親の買い物に付き合う以外じゃ滅多に来ない。

 水着売り場がどこにあるかも分からないから、自然と朝比奈さんが先頭に立った。

 そして俺は朝比奈さんの二段後ろに立っている。

 必然的に、朝比奈さんの大きな尻が目の前に……。


 いや、いやいやいや!

 だってこれは仕方ないだろ!?

 わざとじゃないし!

 普通に移動してるだけだし!?


 ドキッとして視線をさげるとそこには煮卵色に日焼けしたムッチムチの太ももがパ~ンッ! と張っている。その生命力たるやユグドラシルの如し!

 いかん、いかんぞこれは!

 さっきの間接キッスのせいで頭の中がお花畑になってやがる!

 これから朝比奈さんの水着選びに付き合うのにこんなんじゃ先が持たない!

 あくまでも俺はただの友達。

 女なんか興味ない、硬派な日本男児設定なんだ!

 もったいないと思いつつ、頬がニヤける前に視線を横に避難させる。


「………………」


 途端に俺の心は冷え切った。

 エスカレーター横の壁は鏡張りになっている。

 そこに映るのは朝比奈さんと並ぶにはあまりにも恥ずかしい、ダッセー陰キャオタクの姿だった。


 シュンとした。

 メッチャ萎えた。

 なんだよこれ。

 ダサすぎだろ。


 そんな事、今まで気にした事もなかったのに。

 突然俺は気づいてしまった。

 気になって気になって仕方なくなってしまった。

 突然の提案で仕方なかったとはいえ、朝比奈さんに急かされていたとはいえ、コレはない。


 もっさりとした癖毛頭は寝癖だらけで、着ている物はヨレヨレのTシャツとダッセージーパン。

 いや、なにがダサいのか俺にも分からないんだが、とにかくダサい。

 同じジーパンなのに、朝比奈さんと俺とでは天と地ほどの差がある。

 朝比奈さんのジーパンはお洒落で可愛くて多分なんか良い感じの店で買ったんだろうなって感じがする。

 俺のはG〇で買ったのがモロバレだ。

 見るからに安っぽく、全体的に中学生っぽい。


 こうやってエスカレーターで並んでいる姿を見ても、恋人は愚か友達同士にすら見えない。200%偶然後ろに居合わせただけのただの他人といった感じだ。

 仕方ないと言えば仕方ない。

 実際俺は陰キャオタクで、今まで見た目の事なんかこれっぽっちも気にした事がなかった。そんな事を気にする暇があったらゲームの攻略法とかキャラビルドについて考えていた。洋服に使う金があるのなら漫画やゲームに使う。どこにでもいる普通のオタク、それが俺だ。


 その事に何の疑問も持たず、当然のようにそれでいいと思っていた。

 今俺は、猛烈にその事を後悔していた。

 なぜもっと見た目に気を使わなかったのだろう。

 お洒落とは言わないから、せめて普通に見えるくらいのファッションセンスを学ばなかったのだろうか。


 今更後悔しても遅いのだが……。

 だとしても、俺は恥ずかしくて仕方がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る