第13話

「――ろだ君? 黒田く~ん?」

「ぇ、ぁ、なに?」


 朝比奈さんが俺を呼んでいた。

 ショック過ぎて気付かなかった。


「なにっていうか、どうしたの? なんか様子変だけど」

「……いや、別に、なんでもないけど……」

「なんでもなくないじゃん! めっちゃテンション下がってるし! 具合悪い? ちょっと降りよう!」

「なんでもないって……」


 俺は必死に平静を保とうとするのだが、出来なかった。

 恥ずかしくて顔を上げられない。

 朝比奈さんの近くにいる事自体恥ずかしかった。

 朝比奈さんが途中の階で降りたので、仕方なく俺も後に続く。


「大丈夫? 熱中症じゃないよね? 買い物なんかいつでも出来るし、無理しないで帰ってもいいんだよ?」


 心配そうに俺の顔を覗き込むと、朝比奈さんの手が額に触れた。

 ビクリとして、思わず俺はその手を払ってしまう。


「平気だって!」

「――ッ!? ご、ごめん……」


 驚いて朝比奈さんが後退する。

 朝比奈さんは悪くないのに、自分が悪いみたいな顔でシュンとしている。


「……いや。俺の方こそごめん。朝比奈さんは悪くないから……」

「……黒田君、本当変だよ? フツーに心配なんだけど……」


 誤魔化したいけど言い訳なんか思いつかなかった。

 かと言って、これ以上朝比奈さんを心配させるわけにもいかない。

 仕方なく、俺は己の恥を白状した。


「……恥ずかしくて」

「……ぁー。もしかして、あたしと一緒だから? そ、そうだよね。やっぱり恥ずかしいよね……。変な噂になったら悪いし、やっぱり帰ろっか……」


 朝比奈さんの顔がくしゃりと歪んだ。

 泣き出しそうになったのを無理やり堪えるような顔だ。

 バカか俺は。

 さっきまであんなに楽しそうだったのに。

 こんなくだらない事でぶち壊しちまうなんて……。

 最低だ。


「違う! そうじゃなくて! 朝比奈さん、お洒落だから……。今まで気にした事なかったんだけど……。鏡見たらさ、俺ってダセーなと思って……」

「はぁ?」


 呆れたのだろう。

 それとも怒ったのか。

 朝比奈さんの細い眉毛がVの字に寄った。

 次の瞬間には、サイコロを転がしたみたいにケタケタと笑いだす。

 わけがわからず俺は茫然とした。


「なに黒田君? そんな事気にしてたの! もう、超乙女じゃん! 可愛すぎ! 心配して損しちゃった! あははははは!」

「だ、だってそうだろ!? 朝比奈さんは恥ずかしくないのかよ! こんなのと一緒に居て……。学校の奴に見られたら、う、噂になるかもしれないんだぞ!」


 俺は別にいい。

 だって相手は朝比奈さんだ。

 自慢にはなっても恥になる所など一つもない。

 でも朝比奈さんは違う。

 あんなダッセー陰キャオタクが彼氏かよとバカにされ、株が下がるかもしれない。

 いや、絶対下がる。

 断言していい。


「私は一向にかまわんッッ!」


 朝比奈さんは某海王の真似をした。


「いやふざけんなよ……。俺はマジで言ってんだぞ?」

「え~? だって別にどうでもよくない? 見た目で友達選んでないし。黒田君は黒田君じゃん。他人にどう思われようが知ったこっちゃないって言うか、そんなの余計なお世話だし。そりゃ、臭かったらいやだけど」


 突然朝比奈さんが顔を近づけ、クンクンと俺の匂いを嗅ぐ。


「男の子の匂いはするけど、別に臭くはないし?」

「だぁ!? やめろよ! そういうの!」

「あはははは! てかさ? 黒田君って意外にウブだよね? 硬派だから?」

「朝比奈さんの距離が近すぎるんだよ! 他の男なら大問題だぞ!」

「黒田君にしかしないから平気だも~ん。あたしだって相手は選んでるしぃ? なんでもいいけど、元気出してよ。黒田君がオタクファッションでもあたしは全然気にしないから」

「……本当かよ」


 正直俺は疑わしい。


「嘘なんかつかないし!」

「……だって朝比奈さんお洒落じゃん。レイヤーだし、身体づくりの為に運動したりして、そういうの気にすると思うだろ……」

「はい誤解! 自分は自分、他所は他所だよ? これ、コスプレ楽しむ為の鉄則ね? 人によってクオリティー違うんだから、気にしてたら嫌な奴になっちゃうじゃん。自分で頑張る分には良いけど、他人にそれ求めたらマジ暗黒面だから。黒田君がどんな格好でもあたしは全然気にしませ~ん」


 それを聞いて幾分俺はホッとした。

 同時に朝比奈さんの事を見直した。

 なんかスゲー。

 大人って感じだ。

 そして俺は子供だった。

 そこまで言われても、まだ恥ずかしく思っている。


「……俺は気になるんだよ。こんなんじゃ、朝比奈さんと一緒に居て恥ずかしいって」

「それも分かるよ!」


 朝比奈さんがガシっと俺の肩を掴む。


「あたしもね、自分よりクオリティー高いレイヤーさんの併せに混じると同じ事思うから……。あー! あたしみたいな低クオリティーコスが一緒に並んじゃってマジごめんなさいって!」

「いや、そういうのとは違うと思うんだが……」

「同じだよ! 全然同じ! 私服なんか日常コスじゃん? そんで今はあたしと黒田君が日常コスで併せてるわけ。で、黒田君はあたしと自分を比べて凹んでるわけでしょ? 同じじゃん!」

「………………むぅ」


 そう言われるとそんな気もしてきた。


「へいへい! ユーも認めちゃいなよ? 黒田君は今、図らずもコスプレ沼の入口に片足突っ込んじゃったんだよ!」

「いや、それは絶対違うだろ」


 なんだそれ。

 流石にそれは頭の中コスプレ過ぎるだろ。


「違わないって! 私服もコスも大差ないから! あたしがお洒落なのもコスプレの延長だから! 着る楽しみ! 日常に潜む変身願望! マジでコレ!」

「信じらんねー……」

「じゃあさ、試してみる? 折角ジモティス来たんだし、あたしが黒田君の服選んであげる。そんでお洒落になったらあたしの言ってる事分かるから!」

「いや、いいよ……」


 俺がお洒落に興味なかった理由がもう一つある。

 お洒落なんかモデルが全てだ。

 服屋のポスターを見ればわかる。

 イケメンのモデルが着たら全身G〇でもかっこいい。

 ブサメンが着たら全身ブランド物でもクソダサで豚に真珠だ。


「あたしが良くないの! 黒田君がそんなテンションじゃ楽しくないじゃん! 他にも色々黒田君に付き合って欲しいイベントあるんだから! つまりこれはあたしの為でもあるわけです」

「……わかったよ」


 確かにその通りではあるのだろう。

 俺がこんなテンションじゃ朝比奈さんも興ざめだ。

 それで俺の気持ちが変わるのなら、試してみる価値はあるのかもしれない。


「じゃあ予定を変更して、先に黒田君の服選んじゃおっか! なに着せよっかな~! 超楽しみ!」

「ま、待てよ! 置いてくな!」


 なにがそんなに楽しいのか、朝比奈さんはスキップしながらメンズ服コーナーへと向かっていく。

 変な女だ。

 ともあれだ。


 朝比奈さんが笑ってくれて、俺は心底ホッとした。

 

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